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専修大学法学部研究EVENTEVENT

法学研究所公開講座「法律学と政治学の最前線II」(全3回)

法学研究所公開講座「法律学と政治学の最前線II」

専修大学法学研究所の公開講座へようこそ!
昨年度、法学研究所では『法律学と政治学の最前線』と題して、全3回に亘って「市民と学生のための公開講座」を開催致しました。本年度はその第2シリーズをお届け致します。
この講座では或る共通のテーマについて、片や法律学の側から、片や政治学の側から、それぞれの方法と視角で接近することによって、両者の接点を見出すことを試みます。また、その過程からそれぞれの独自性が一層際立つことも期待されます。私たちが日々暮しているこの社会と政治の諸問題について、大きな示唆がそこから得られることでしょう。今年度は比較法社会論と政治理論、憲法学と日本政治思想史の間での対話を試みます。
なお、昨年度の第三回は東洋法制史と西洋法制史との対話でしたが、今年度も第一回は、他二回とは異なり、商法と経済法との対話となります。商法と経済法は法律学の中でも最も近接した分野といえます。しかし、そこには会社の側から社会を見るか、それとも社会の側から会社を見るかという視点の違いもあります。会社に関する話題は新聞報道等でも事欠きませんが、その問題は社会とどう関わっているのでしょうか。我々の暮す社会は自由主義(資本主義)社会ですが、その中で会社は社会と、また国家とどのように向き合っているのでしょうか。
この公開講座が受講者の皆さんの知的好奇心を刺激し、社会や世界に対する見方を深めるための糧となりますように!
 
Veritas liberat! (真理は私たちを自由にする)
日時平成27年11月7日(土)、14日(土)、12月12日(土)
14:00~16:30(12:30開場)
会場専修大学 神田キャンパス 神田キャンパス1号館205教室
東京都千代田区神田神保町3-8
(九段下駅 出口5より徒歩3分・神保町駅 出口A2より徒歩3分)
参加無料、事前申込み不要
主催専修大学法学研究所
お問い合せ先法学研究所事務局
houken@isc.senshu-u.ac.jp
(事務局開室日は各週 月・火・水となります。詳細についてはメールでのお問い合わせをお願いします。)

第二回 市民と国民――その現代的意義を考える(11月14日開催)

「市民」と「国民」の歴史と今
法学部教授 深澤民司

わが国で起こった今年の政治的問題のなかで、一番大きなものは安保法制をめぐる問題でしょう。国会で政府案が承認されたとはいえ、日本の存立そのものに係わる問題なので、今後も議論が続くのは必定ですし、またそうでなければならないと思います。
世界に目を転じれば、「アラブの春」以降動乱が続く北アフリカや中東、とくにIS台頭以降、激しい内戦が続くシリアやイラクは、なかなか解決の糸口が見出せない状況にあります。そしてそれによって生じた難民がヨーロッパに大挙して押し寄せている問題も、ヨーロッパに限定される問題ではなくなっています。ウクライナの内戦、中国の海洋進出、イスラム過激派のテロなども深刻な問題でしょう。
これらの数多ある問題について、一体どのような視座から論じればよいでしょうか。今回の講演では、「市民」と「国民」という2つの語をキーワードにして考えてみたいと思います。
最初に、2つの語が誕生した経緯とその意味の変遷を政治思想史のなかで辿ることにより、それらのもつ意味の拡がりと豊かさ、そして両者の関係を考えます。このような歴史的アプローチは、直接的な解決に至らなくとも、問題の所在を理解するうえで大変有効なものです。ただし、私の話は焦点を絞っているので、オーソドックスな政治思想史とはかなり違うものとなります。
次に、それを踏まえて現在国内外で起こっている諸問題について、それらがなぜ起こっているのか、それらに関する多様な意見がどのような視点から発せられているのか、そうした意見はいかなる理念に基づいているのかを考えていきたいと思います。
そして最後に、今われわれに課せられている課題は何かについて簡単に触れたいと思っています。

<市民と国民>はどう違うのか、違うことでどのような意味があるのか
法学部教授 広渡清吾

私の専門は、ドイツ法・比較法社会論です。そこで、<市民と国民>を考えるについて、法律学的にアプローチし、また、日本とドイツを素材にして話をすることにします。
日本国憲法は、憲法の保障する基本権の主体として、「何人」、「国民」、「勤労者」および「住民」を規定しています。ここには、「市民」という主体は、あらわれません。ところで、日本国憲法に規定する「国民」とは、いうまでもなく「日本国民」です。だれが「日本国民」であるかは、国籍法という法律によって決まります。つまり、日本国民とは、日本の国籍を有する者のことです。近代国家は、対外的、対内的な主権をもち、主権のおよぶ領域(領土、領海、領空)を確定し、かつ、国民を有することで成り立ちます。国家の有する主権は、戦前の大日本帝国憲法の下では、天皇に帰属しましたが、日本国憲法の下では、国民に属します。
さて、「何人」、「勤労者」および「住民」は、国民とイクオールではありません。「何人」は、日本の領域にいるすべての人々を指します。「住民」は、地方自治の憲法上の保障を与えられている地方公共団体(都道府県・市町村)に住んでいる人々を指します。「勤労者」は、日本の領域で働いている人々を指します。これらの人々は、日本国民だけではありません。外国人を含んでいます。外国人とは、日本国籍を有しない者であり、外国の国籍を有するか、あるいは、どこの国の国籍も有しない者(無国籍者)のことです。
日本の社会には、このように日本国民とそうでない人が、共生しており、日本国憲法はそのことを前提にして、基本権について規定しているわけです。そこで、日本社会に共生している日本国民とそうでない人を含んで、これらの人々を日本社会の「市民」と捉えることができます。講演では、それはなぜなのか、また、どんな現代的意義があるのかをいくつかの問題にそって検討してみたいと思います。
センディ

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