本論文は、憲法制定国民議会におけるタレーラン＝ペリゴール(Charles-Maurice de Talleyrand-Périgord, 1754-1838)の活動に着目し、フランス革命史のなかでこの人物が果たした歴史的役割について考察するとともに、彼が樹立しようとしていた「九一年体制」の実像を明らかにすることを目的としている。考察対象であるタレーランは、一般的には外交官としてフランス近代史に名を残した。しかし彼が外交デビューを果たすのは1792年のことであり、それ以前は憲法制定国民議会議員として活躍していたのである。
第一章では、フランス革命とタレーランの関わりを分析する前提として、彼の出自について述べるとともに、国民議会の前身である全国三部会開会に至る時期までの経歴について明らかにした。そのなかで、理想主義と野心を併せ持ったタレーランの人物像が見えてきた。また、彼が憲法制定国民議会議員のリーダーの一人となりえた背景に、革命前からの人脈と政治的経験があったことを明らかにした。
第二章では、1789年7月に国民議会で行われたタレーランの演説に着目し、その歴史的意義について考察した。この演説は、命令的委任の廃止を求める内容だった。国民議会が旧来の代表理論の転換を名実ともに成し遂げ、国民議会主導の改革を進めていくためには、命令的委任の廃止を明確にする必要があった。革命の流れを押しとどめようとしていた「反革命派」は、命令的委任を根拠にして抵抗した。しかし、緻密な論理で組み立てられたタレーランの演説の前に彼らは敗北し、代議制を目指す革命の潮流は決定づけられた。このようなタレーランの演説の歴史的意義を、議会内討論や「反革命」貴族のパンフレットとの比較を通じて明らかにした。
第三章においては、1789年10月の「聖職者財産国有化の提案」を分析した。通説では、この提案は国家の財政赤字に対処しようとしたものだとされ、財政問題解決策以上に考えられることは少なかった。しかし、この提案の背後に、社団としての教会を解体して聖職者を市民化しようとする意図が確認できることを、その他の史料と比較検討しつつ明らかにした。また、議会内討論を見ることで、社会の社団的編成の解体と個人の創出を目指す革命の流れを確認し、かつ、タレーランの提案に対抗して出された文書の分析を通じて、革命の潮流に対する聖職者側の抵抗運動の存在を明らかにした。
第四章では、「カトリック国教化」を要求する「反革命派」の動向に着目し、この勢力とタレーランを中心とする「九一年体制派」の間の議会内闘争について論じた。「反革命派」は、宗教問題を足がかりにして憲法制定国民議会内での政治的主導権を握ろうとしていた。しかし「九一年体制派」は「反革命派」の要求を拒否することに成功し、これ以後、「反革命派」は議会内闘争をあきらめざるをえなくなる。従来の「九一年体制」研究において、議会内の「反革命派」の政治動向に着目した研究は少なく、この点でも本論文の成果を主張することができるだろう。このような政治情勢のなかでタレーランは、「思想・良心の自由」の理念を前面に出し、「反革命派」に対して断固たる対決姿勢を見せた。この事実を複数の史料から確認した。
第五章では「九一年体制」の公教育案である「タレーラン報告」の分析を行った。それは、公教育を通じて「九一年体制」を支える新たな世代を形成するとともに、旧世代である大人たちの教化を目的としたものだった。「最大多数の幸福」の名の下に正当化された、少数派の排除という「九一年体制」の特質のひとつは、「九一年憲法」の条文に示されている以上に、この「タレーラン報告」のなかに色濃く反映されていることが、分析から明らかとなった。
第六章では、1790年2月にタレーランが起草し朗読した文書『憲法制定国民議会からフランス人へ』の分析を行った。これは「九一年体制」のマニフェストともいえる内容であった。タレーランは「九一年体制」が樹立される1年半以上も前に、この体制の青写真を描いていたのである。この文書に対しては、一方で「反革命派」からの激しい反発があり、他方で後の「共和派」からの支持が見られた。「九一年体制」はこうした政治的同盟や闘争の果てに生まれた体制だったことが、分析から明らかとなった。
本論文の全体を通じて浮かんできたのは、「九一年体制」樹立を目指し、「反革命派」との闘争の最前線に立つタレーランの姿であった。「九一年体制」樹立までの憲法制定国民議会の歴史は、この人物を抜きにして語ることができないのである。
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