夢ナビ2017講演
ゴシックで読み解く『千と千尋の神隠し』
2017年7月22日(土)
並木信明(英語英米文学科 教授)
■講演概要
『千と千尋の神隠し』はなぜ海外でも高い評価を受けるのか?
スタジオジブリの宮崎駿監督の作品は国内のみならず、海外でも大変な人気です。中でも『千と千尋の神隠し』は、第75回アカデミー賞長編アニメ映画賞を受賞し、2016年イギリスBBC主催「21世紀の偉大な映画ベスト100」でも第4位に選出されるなど、完成度の高い作品として評価を受けてきました。なぜ宮崎作品は海外での評価が高いのかを考えたとき、1つのポイントとして、ゴシックに代表される西洋文化を巧みに取り入れていることが挙げられます。
失われた過去への想い
中世のゴシック様式の装飾や建築を再評価し現代的によみがえらせる「ゴシックリバイバル」の動きが起こったのは18世紀後半から19世紀初めにかけてのことです。文学でも同様のブームがあり、失われた過去の建物や出来事、人物などが現代に影響を与える、非合理的だがどこか懐かしい恐怖小説が人気を博しました。
これらは近代へ歴史が移り変わる中で、価値を失ったかに見えていた中世の宗教や生活、文化が、実は人々の心の中に根強く引き継がれていたことの表れでもあります。近年でも映画『ハリー・ポッター』など、ゴシックの影響を受けた作品は作られ続けています。
「人間らしい生き方とは何か」を問いかける
『千と千尋の神隠し』では湯婆婆と銭婆という2人の魔女が出てくるのをはじめとして、千尋が怪物のカオナシに追いかけられるなど、ゴシック小説によく出てくる表現が盛り込まれています。一見すると非常に日本的ですが、実は西洋人が好む恋愛的な要素も絶妙に盛り込まれているほか、東洋的な街並みも描かれているなど、いくつもの見方で楽しめる点も非常に優れています。ほかの作品でも廃墟や幽霊的な存在はよく描かれ、宮崎監督の西洋文化への深い造詣をうかがい知ることができます。失われた過去への哀愁を表現することで、現代社会で忘れられている「人間らしい生き方とは何か」を宮崎監督は作品を通じて問いかけているようです。