専修大学大学院社会知性開発研究センター/歴史学研究センター主催による第2回国際シンポジウム「アジアにおける歴史教育とフランス革命」が2005年3月5日、6日の両日に渡って開催された。インド、ヴェトナム、中国、日本、韓国から研究者を招き、各国の歴史教育においてフランス革命がどのような位地を占め、どのように教えられているかということを主たる目的として報告が行われた。本シンポジウムの報告者と題目は以下のようになる。
1.リラ・ムカージー(インド・ジョドプル大学)「ヨーロッパとアジアにおけるフランス革命教育」
2.ディン・スアン・ラム(ヴェトナム・ヴェトナム国立大学ハノイ校)「1945年以前と以後のヴェトナムにおけるフランス革命(1789-1794)」
3.楊彪(中国・華東師範大学)「中国の歴史教育におけるフランス革命」
4.松本通孝(日本・青山学院高等部)「日本の歴史教育におけるフランス革命・ナポレオンの位置づけ」
5.車周昊(韓国・石串高等学校)「韓国の歴史教育におけるフランス革命」
ここでは、全体討論の場で浮かび上がってきた各国の歴史教育におけるフランス革命の歴史的位置づけの相違が、各報告の要旨を内包するものと考え、それを指摘していきたい。
まず、ムカージー氏によれば、インドの歴史教育において、フランス革命は平等や民主主義といった革命の理念や、それ以降の革命のモデルとして大きな意味を持っていたが、それ以上に帝国主義に対する抵抗運動やロシア革命の方が重視されており、フランス革命の重要性は相対的に低い。
それに対しヴェトナムではフランス革命の進歩的=民主的=反封建的性格が強調され、革命は、限界があるにせよ、植民地から現在にいたるまで重要な出来事として扱われている。ラム氏によると、フランスの植民地支配下にあったヴェトナムのエリートたちは、フランス革命の意味を探求していく中で、フランスの植民地支配が革命の精神に反していると認識した。彼らの中に培われた革命の自由・平等・友愛という精神は、ヴェトナムの独立宣言に結実していくことになる。今日のヴェトナムの歴史教育においてもフランス革命の精神は重要視され、若い世代へ受け継がれている。
中国では共産党が権力を獲得した理由がフランス革命に求められ、以前はブルジョワ革命とされていたが、今日では単にフランス革命と呼ばれ、ナポレオン期も含めて教えられている。中央集権、社会革命の経験という要素において中国とフランスは共通項をもっており、そのことがフランス革命の歴史的重要性を再認識させ、歴史教育へと反映されている。
日本の松本氏は政府、研究者、教師によって立場が異なることを指摘された。政府の指導要領は環大西洋革命と国民国家形成の契機となったことを重視していることや、戦後のフランス革命研究をリードした高橋幸八郎、柴田三千雄、遅塚忠躬氏らの研究が教科書に反映されたのが遅かったこと、そして教師は自由や平等といった後生に多大な影響を与えた価値理念の重要性とその限界を教えている、とのことであった。
韓国の車氏によると、フランス革命の自由・平等・友愛といった精神が知識人に広まったのは李承晩独裁政権を倒した1960年の4・19民主革命の時であった。フランス革命においてブルジョワジーが貴族の特権を打破し、市民社会への道を開いたことと、学生や知識人が腐敗した権力を打倒した民主化が重ね合わされたのであった。しかし、このような韓国の現代史とフランス革命史を比較して叙述している教科書は存在せず、多くは教師の裁量事項となっている。
以上のことから明らかになってくることは、各国の歴史教育におけるフランス革命の位置づけが、それぞれの国の歴史的条件や段階に規定されているという事実である。松本氏は戦前の歴史教育におけるフランス革命の扱いについて言及し、戦前においては国民統合やナショナリズムの側面が重視されたが、戦後は自由・平等・友愛という要素が決定的に重要視されたことを指摘している。韓国では、日本の植民地教育政策によってフランス革命の歴史的意義を学ぶ機会を奪われ、フランス革命の精神が広まっていくのは1960年の民主化の時であった。日本軍に侵略されていた中国では、1941年に出版された本のなかで近隣諸国の侵略に脅かされていた革命期のフランスと中国の現状を重ね合わせるようにナショナリズムの側面を強調された。中華人民共和国成立以降は政治イデオロギーがフランス革命の叙述に反映していく。フランスの植民地ヴェトナムでは、指摘したように、一部のエリートが革命の精神を学び取り、フランス革命は独立後のヴェトナムにも大きな影響を及ぼしている。
フランス革命が限界を持っていたことはアジア諸国のフランス革命教育においても指摘されている。祖国防衛から侵略へ転換するナショナリズムの問題、人権宣言から女性や黒人奴隷が除外されていた問題などフランス革命は多くの問題を抱えていた。にもかかわらず、フランス革命が重要なのは自由・平等・友愛という今日的になお重要な普遍的理念を体現した歴史的事件であったからであり、それはアジア諸国の認識においても共通であった。
このようなアジア諸国の研究者が一同に会し、それぞれのフランス革命教育の実情を知り得る機会はそうあるものではなく、その意味でこのシンポジウムは大変実りあるものであったと言えよう。ただ、個人的にはシンポジウムが「ひっそり」と行われているという印象を受け、活気にやや欠ける点が残念であった