2003年度 国際シンポジウム

第1回 歴史学研究センター 国際シンポジウム

「アジアにおけるフランス革命研究の現状と課題」
−日本・中国・韓国の研究状況を中心に−


2004年3月3日(水)13:00〜18:00
会場:専修大学生田校舎・9号館(120周年記念館)2階92A教室



シンポジウム参加記(山岸拓郎)


2004年3月3日、歴史学研究センター第一回国際シンポジウム「アジアにおけるフランス革命研究の現状と課題―日本・中国・韓国の研究状況を中心に―」が開催された。日本におけるフランス革命研究の現状と課題については東京国際大学教授・遅塚忠躬氏が、中国の研究状況については本学への留学生で本学大学院任期制助手の賈暁明氏が、韓国については千葉大学教授・趙景達氏が、それぞれ報告を行った。

 遅塚報告は、日本の戦前から現在までを3つに時期区分したうえで、それぞれの時期における日本のフランス革命史研究の特徴を概観するものであった。まず、戦前から1950年代の時期についての日本におけるフランス革命史研究の特徴は、「発想の枠組みが一国史的な発展段階論」であった点にあるという。しかし、つづく1960年代から1989年までの時期には、安保闘争や高度経済成長、世界体制論の登場、アナール派の日本への紹介といったような事実を背景に、民衆運動研究の深化、「日本の後進性」を前提とする問題意識の希薄化、一国史的発展段階論に対する批判、社会史の影響力の増加のような大きな特徴がフランス革命研究に見られるようになる。さらにフランス革命200周年の1989年から現在までのあいだに、政治文化史が脚光を浴びるようになり、ひとつの大きな潮流となっていることが指摘された。ここで氏は、政治文化史が脚光を浴びている現状を、研究「領域」の変化というよりも「観点」point de vueの変化であると主張した。もしこれを研究領域の変化だと考えるならば、単純に「流行・廃り」の問題に収斂してしまう恐れがある。そうではなくて、広い意味での文化的視点からもう一度見直せば、どの研究領域においても従来とは違う部分が見えてくるのではないか、という点にこそ政治文化論の真髄があるというのが氏の主張するところである。最後に遅塚氏は、「革命とは構造転換である」との考えを披瀝したうえで、フランス革命史の今後の課題を具体的に述べた。それは、まずアンシァン・レジーム期のフランスの構造分析であり、次に19世紀フランスの構造分析であり、最後にこの両時期のあいだの構造転換プロセスを解明することであるという。

 つづく賈暁明氏は、中国における19世紀から現在に至るまで百年来の翻訳事業の発展過程を具体的に紹介しつつ、各時期(@清末から辛亥革命まで A辛亥革命から新中国成立まで B新中国成立から「文化大革命」終息まで C中国フランス史研究会の成立から現在まで)における翻訳事業の特徴と、翻訳事業と中国のフランス革命研究との相互関係を明らかにした。4つの時期は、その特徴に応じて@日本研究翻訳期 A欧米研究翻訳期 B旧ソ連研究翻訳期 C世界研究翻訳期に分けられるという。翻訳事業を通してフランス革命が中国に紹介されたのであり、清末から辛亥革命までの時期においては、西洋文献からではなく日本語文献からの翻訳が多かったとの指摘には興味深いものがあった。翻訳事業とフランス革命研究との関係については、清末から文化大革命の終息まで、中国のフランス革命研究をリードしていたのは翻訳事業であったのに対し、1977年以後、逆にフランス革命研究が翻訳事業以上に盛んになったことが示された。

 趙景達氏は、解放以前から現在までのフランス革命認識および研究の推移について報告した。趙氏によれば、韓国におけるフランス革命研究の開拓者は閔錫泓であったという。京都大学に学んだ閔は、高橋幸八郎の親友に師事していた関係から、高橋の影響を強く受けたフランス革命研究を行った。解放後の独裁期を通じて閔のもの以外に注目されるべき研究は見当たらないが、1980年代以後、フランス革命研究は徐々に活発になっていく。そのことが、1979年の朴正熙暗殺や1987年の民主化宣言といった時代背景とともに説明された。韓国において、フランス革命史解釈をめぐる正統派と修正派との対立は1986年〜1988年頃に明確化し、1989年のフランス革命200周年以後、激化する。しかし、近年では正統派・修正派論争に対する冷静な姿勢が現れると同時に、アンシァン・レジーム期の研究の増加傾向が見られ、女性・性・聖職者集団・民衆祝祭といった分野も研究されるようになり、フランス革命史研究は細分化しているという。氏は、韓国の歴史学界においては、終着点としての近代社会という関心が強すぎること、国史学界・東洋史学界・西洋史学界三者の交流がより緊密に図られる必要があること、渡欧の機会も増え、史料の不足をもはや言い訳にはできない状況にある現在、フランス革命史は、なによりも一次史料に依拠して研究が行われなければならないことなどを指摘して講演を終えた。

 シンポジウムに参加し、日本・中国・韓国におけるフランス革命研究の受容と変遷の様子がよく分かった。それぞれの国は独自の歴史を辿ってきた。日本における安保闘争や高度経済成長、中国における辛亥革命や文化大革命、韓国における軍事独裁政権の成立とその終焉といったような出来事は、全世界的な動向と切り離して考えるべきではないにせよ、やはり各国固有の歴史の一部であるといってよかろう。フランス革命研究についても同じことがいえる。すなわち、日本・中国・韓国は、それぞれの国の歴史に応じて、個別の「フランス革命研究の歴史」を持っているのである。三報告はこの事実を明快に示すものであった。

 他方で、フランス革命研究の現状をみると、日本・中国・韓国に共通した特徴があることも明らかになった。その特徴とは、今回報告の対象となった国すべてにおいて、フランス革命研究のテーマが多様化(あるいは細分化)していることである。このような共通点が確認できたこともまた今回のシンポジウムの成果であったといえよう。しかし、この研究状況は、実は、日・中・韓だけに共通するものではない。欧米におけるフランス革命研究をみても、テーマの多様化はひとつの傾向となっている。どこか混沌としたこのような状況の中から、今後、フランス革命研究を新たに統合しようとする積極的な試みがみられるのかどうか。関心を持たずにはいられない。







開会の辞:西川正雄(歴史学研究センター長)








報告:遅塚忠躬
(歴史学研究センター客員研究員)

「日本におけるフランス革命研究の現状と課題」








報告:賈暁明
(歴史学研究センター任期制助手)

「中国におけるフランス革命研究の受容
− 翻訳事業の発展過程を中心に −」






報告:趙景達
(千葉大学文学部教授)

「韓国におけるフランス革命研究の現状」





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