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専修大学の誕生

専修大学開業上申
▲専修学校(専修大学の前身)の開業上申<1880年(明治13)8月>。この開業届が受理された後、生徒募集広告が東京日日新聞(同年8月10日)に掲載された。

 明治初年、新政府は近代的国家の建設を目標に、西欧の先進的な文化を導入するため、積極的に海外留学政策を推し進めた。このような気運のなか、多くの若者が留学生として、または政府高官や旧藩主たちの随行員として、欧米諸国へ旅立ったのである。

 本学の創立者である相馬 永胤(そうま ながたね)、田尻 稲次郎(たじり いなじろう)、目賀田 種太郎(めがた たねたろう)、駒井 重格(こまい しげただ)の4人もまた国費や藩費によりアメリカへ留学した人物であった。

 留学中、相馬は経済的な困窮や眼病に冒されながらも、外国の法律を学びたいという強い意志を抱き続け、勉学に励んだ。また、同じく法律を学ぶために渡米した留学生たちと、法律を研究する「日本法律会社」を結成するなど精力的な活動を行った。

 一方、留学生監督として日本人留学生を支援するかたわら、自身も法律学の研究をすすめていた目賀田は、ニューヨークにおいて相馬ら日本人留学生と親交を深め、「日本法律会社」にも参加した。他方、田尻と駒井は早くから親交を持ち、互いに協力しながら経済学や財政学を学んでいた。その後、相馬ら法学徒と田尻ら経済学徒はニューヨーク近郊で出会い、仲間とともに日本に経済学と法律学を教える学校を興そうと話し合った。

 帰国後、4人を中心とした若者たちは専門教育課程を日本語で教える経済科と法律科を併設した「専修学校」を創立した。これが現在の専修大学の前身である。1880年(明治13)のことであった。「専修学校」は、日本で初めて経済科を、私学では最初に法律科を設けた高等教育機関である。こうして専修大学の歴史が始まった。

 

創立者プロフィール

沿革

 

 

 

 

最終更新:2009/04/13


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