法学部長 坂本 武憲
法学部長 坂本 武憲

法学部長に着任して既に2年目を迎えております坂本です。被害者の数も未だ正確に分からないほどの甚大な被害と、慰めの言葉も失う深い悲しみをもたらした東日本大震災から束の間の4か月が経過して、ようやく心の平静を取り戻しつつあるこの機に、本学法学部で学ばれている学生の皆さん、およびこれから本学法学部にお迎えしたい受験生の方々に、私からささやかなメッセージをお送りさせていただきます。
わが国が成し遂げた最たる大転換は明治維新に他なりませんが、専修大学を開設した4人の創立者もこの大変革を成し遂げた煌く群像の一角をなしています。彼らはこの激動の内に身を置きながらアメリカ留学を果たし、帰国後にそこで学んだ成果を広く世に知らしめるために、日本語で教材を作成しながらほぼ同世代の若者に西洋で発達した法律学や経済学を教えるという偉業に挑みました。明治13年(1880年)に開設された本学でなされた日本語で教えるかかる試みはわが国で最初のものでありますし、特に法律学に関していえば、本学は五大法律学校の一つとして、わが国が新たに目指した近代法治国家の成立に貢献しうる多くの有為な人材を輩出して、輝かしい歴史を刻んできました。このような歴史と伝統に育まれてきた本学法学部において、既に学ばれている学生の皆さんや、これから入学を希望される皆さんが、創立者達の偉業に倣ってこれからの社会変革に有意義なページを付け加えうる人物となられるように、私も微力ながらできる限りのサポートに努めてまいる所存です。
明治維新は西洋で同じく発達した「科学」をわが国に根付かせました。そして我々はそれ以後、この学問が知らしめる因果関係の法則に依拠しながら、自分達に好ましい結果を達成する方法の探究につとめ、やがて最高目標として君臨し始めた「豊かな社会」の達成に向けて、奮迅の働きをしてきました。かくして「科学」は、西洋諸国と同様にわが国が産業を基盤とする近代国家となるための支柱となってきたのです。しかし、ある条件付けられたもの(結果)につきそれを条件付けたもの(原因)との関係で理解する因果的推論に基づく学問だけでは、我々が次第に経験的目標に束縛されるようになり、かかる目標に最も適合する社会機構や生活システムの中で否応なく生きなければならない不自由に晒されるという事情が明らかになってきました。「豊かな社会」の目標に束縛されて、人々は今や地球規模でのそして遠い未来世代にも及ぶ環境汚染や資源枯渇の問題に直面し、更にはその生存自体が得体の知れない世界の経済動向(景気・不景気)に余儀なく掌握されていますが、この現状は正に今述べた不自由に他なりません。忘れることのできない2011年3月11日の大震災は、唯一の被爆国であるわが国の存立が、その厭うべき悪魔の武器を転用したエネルギー源である原子力発電に掌握されていて、それなしには人々が忽ち生活難民となる現実を見せつけ、他方では再度の放射線被曝に人々が晒されかねない危険を眼前に示しているのです。ある経験的目標の達成にはいかなる手段が適切かについて教えるのを使命とする「科学」だけでは、もはやこれら一連の困難は乗り越えられません。再び明治維新にも匹敵する大転換が必要とされています。そして、これから言いますように法学部で学ぶ法律学や政治学はこのような変革を進めていく上での支柱として機能する学問となるように思われます。
法学部で学ぶ法律学や政治学は、豊かさを初めとした経験的目標に束縛されない「自由な社会」の実現をめざします。そしてこれらの学問の中心となるべきなのは「科学」のごとき因果的推論ではなく、演繹的推論(特殊なものをより普遍的なものによって判断する仕方)です。人にとって最も貴い能力は「創造性」ですから、最も普遍的な目標(時代を問うことのない最高目標)となるべきは「創造的な生き方」です。これを社会的分業(職業の専門化)が徹底した現代にあてはめると、「各人が自己の創造的能力を発揮して職業を営める社会」という目標が現代のために論理的に(演繹的に)導かれます。そして現代の法律学や政治学は、一方でこのような目標を導くとともに、他方では現前にある社会が内包する法的・政治的論点を選定しかつより普遍的なものから特殊なものへと振り分けながら、それらの論点に対して今の目標が有している意味を演繹によって順次に展開・拡大する仕方で行為規範(道徳・法)の体系やそれの実現に適切な政治体制を導いてゆくことになります。こうして最高目標それ自体をより詳細に(演繹的に)展開した規則としての行為規範やそれの実現に適切な政治体制を、またそうであるがゆえにいかなる経験的目標にも従属しない「自由な規則」としての行為規範やその実現のための政治体制を提示するのが、法律学と政治学の本来的使命なのです。このような法体制や政治体制が実現されて初めて、「豊かさ」の束縛(抑圧的社会機構)から解放された真に自由な(創造性豊かな)社会が到来することになるでしょう。
本学法学部で学ばれている皆さんや入学を希望される皆さんが、「豊かな社会」という現代の根源的束縛を脱した新しい社会を切り開くために、この国の「新しい形」を考える先駆者となってくれますことを切に願いまして、私からのメッセージとさせていただきます。
【プロフィール】
さかもと たけのり 1975年(昭和50年)北海道大学法学研究科修士課程修了。同年北海道大学法学部助手。1979年(昭和54年)本学法学部専任講師、その後に助教授を経て1989年(平成1年)より教授。専攻は民法(財産法)。法学部教務委員長、大学院委員会委員などを歴任。北海道出身。現在の趣味は植物栽培とウォーキング。