平成20年度専修大学入学式が4月5日、サクラの花が乱舞する東京・千代田区の日本武道館で行われた。今年の新入生は、6学部5,098人と大学院5研究科134人、法科大学院61人のあわせて5,293人。
日高義博学長は式辞で本学の21世紀ビジョン「社会知性の開発」に触れ「社会の諸問題を自ら発見し、主体的に解決する知力を身につけた国際感覚のある学生を世に送り出したい」と語り、「人間性豊かな専修人になってほしい」と呼びかけた。育友会の松田了会長が、50周年を迎える同会の活動を紹介。新入生を代表して伊藤寛人さん(法学部・専大松戸高)が宣誓した。
式典後の歓迎プログラムは、専修大学フィルハーモニー管弦楽団の祝賀演奏のあとラテンボーカリストとして活躍するやまもときょうこさん(平3商)が登場。「Dance Team MISAKI」「全学応援団チアリーダー部」のメンバーをバックに「ボラーレ!」などを熱唱、大らかな歌声が会場を包み込んだ。
春本番のこの日、多数のご父母も参列され、来場者は1万人を超えた。式後の会場周辺は記念撮影する姿があちこちで見られた。
晴れて専修大学に入学された皆さん、おめでとうございます。本年度は、学部においては一部4,527名、二部571名、大学院研究科においては134名、法科大学院においては61名の新入生を迎えることができました。桜の花の乱舞するここ日本武道館において、厳粛ながら歓喜あふれる入学式を挙行できますことは、喜び一入であります。志を抱いて専修の黒門を叩いて来られた皆さんを、こころから歓迎します。日本における大学の草創期から、「専修の黒門、東大の赤門、中央の白門」と言われたように、専修大学は130年に垂んとする歴史と伝統を有しています。皆さんは、この専修大学の歴史と伝統を継承し、発展させていく役割を、今日この日から担うことになります。
本日の式典にご参列いただいたご父母の方々に対しては、こころからお慶び申し上げますと共に、ご臨席いただいたご来賓の方々に対しましても厚くお礼申し上げます。大学間競争が厳しさを増している状況のもとで、本年度も日本武道館を埋め尽くさんばかりの盛大な式典を挙行することが出来ますことは、誠に慶賀の至りであります。喜びに満ちあふれていた皆さんの表情には、専修大学の将来の明るさを予感させるものがあります。
これから皆さんは、最高学府である大学で勉学を、あるいは研究を開始することになりますが、大学において何を学び、何を修得しようと考えているでしょうか。学部と大学院とでは、自ずと目的意識ならびに追及するものの深さが異なるでしょうが、大学教育の全体像として、およそ次のようなことが言えます。
まず第1に、大学は学術を教授するところではありますが、学生が主体的に勉学することを前提にしています。大学での勉学は与えられるものではなく、自ら求めて修得するところに大きな意味があります。まさに、「求めよ、さらば与えられん」という世界なのです。この点が高校までの教育と基本的に異なっています。
大学の専門教育においても、基本的な知識やテーゼを教えることから出発しますが、それは学問を教授する上では、30〜40パーセントぐらいの比重しか持っていません。教育の目標は、問題を自ら発見し、解決方法を検討し、適切な解決策を引き出しうる力、つまり自ら考え、自ら解決する力を修得させることにあります。ここでは、物事を分析し、さらに統合する力、解決の道筋を組み立てる力、文章や会話によって説得する力などが要求されます。これらの知力を身につけることが大学教育の醍醐味ですし、いままで皆さんの経験してきた偏差値では測られていない知的領域です。
偏差値は、知的能力の一部を測るにすぎません。皆さんの知的能力は、大学教育においては未だ未知数なのです。偏差値の呪縛から脱却し、自分の可能性を信じて、自ら殻を破り大きく変身してください。専修大学の教育は、皆さんを大きく変身させるだけのパワーを持っていますし、その実践例には事欠きません。
第2に、学生も大学の知的共同体の一員であるということです。大学は、真理を探究する場であることは言うまでもありませんが、大学の外にある社会の諸問題を解決し知の発信をする機関でもあります。真理探究や問題解決のプロセスに学生も関わっていてこそ、学問の継承および発展があるのです。学生は、自ら問題解決のプロセスを垣間見ることで、問題解決の方法を体得するのです。取り組む問題には、はじめから正解は用意されていません。答えも1つではないのです。解答に説得力があるかどうかが重要なのです。
第3に、大学で修得することは、社会に出て直ぐに役立つというものではなく、むしろ生涯にわたって具体的な形にしていかなければならないものだということです。皆さんは、専修大学の門を叩いて学業を始める以上、本学の建学の精神を社会に花開かせる責務を負うことを自覚し、そのための羅針盤となるべきものを在学中に獲得しなければなりません。目標のない人生であってはならないのです。
次に、専修大学の教育目標について話して置きたいと思います。専修大学の歴史は、1880年(明治13年)に開校された「専修学校」に始まります。専修学校は、約8年間に及ぶアメリカ留学から帰国した4人の若者により創立されました。創立者である相馬永胤、田尻稲次郎、目賀田種太郎、駒井重格の4先生は、幕末の動乱の中を強靱な精神力をもって生き抜き、明治維新後、幸運にも国費あるいは藩費を得てアメリカに留学する機会を得て、コロンビア、エール、ハーバード、ラトガースの各大学で法律や経済などの先端の学問を学びました。海外において日本の国の形を考え、近代法の黎明期にあった祖国日本の社会の骨格を支える人材を高等専門教育によって養成することこそが自分達の使命であると考え、専修学校に至るのです。
創立者たちは、まずは得意とする経済学や法律学を突破口として、日本語による本格的な高等専門教育に着手しました。日本語によって高等専門教育を行うということは、当時としては画期的なことでした。専門用語自体がまだ日本語として定着していない時期に、日本語で教授するということは大変な知力・労力が必要です。創立者たちは、何故そのような困難な道を敢えて選んだのでしょうか。日本語で教授しなければ、近代日本の新たな価値意識や価値体系を生み出すことは出来ないし、日常的な用語によって物事を主体的に考えないと、社会の問題を解決していく人材は育たないという熱き思いがあったと思われます。社会の骨組みである法制度も経済システムも、つまるところ文化です。文化を形成する上で言葉の果たす役割は、極めて重要です。それは思考プロセスに深い係わりを持っています。創立者たちは、留学経験によって、このことを膚で感じていたと思います。
このような創立の経緯から、本学は、21世紀ビジョンとして「社会知性の開発」を掲げています。社会の諸問題を自ら発見し、それを主体的に解決する知力を身につけた国際感覚のある学生を世に送り出し、卒業生が社会の骨格を支える有為な人材として活躍するよう、大学は卒業生と生涯にわたって強い絆を持ち続ける、というのが専修大学の教育の目標とするところであります。
新入生の皆さん、今日から、皆さんは専修人として「社会知性の開発」の責務を負うのです。大学は、どこの大学に入ったかではなく、大学で何を修得したかが問題です。これからの4年間をどう過ごし、何を修得したのかが皆さんの30年後の人生を決定します。勉学でも、クラブ活動でも、スポーツでも、どの分野でも構いません。熱中できるものを見つけ、人に負けないだけのものを修得することが肝要です。大学院生の皆さんは、研究分野のど真ん中に深い井戸を掘って学問の水脈を見つけ、密度の濃い研究に従事して下さい。皆さんは、すでに社会知性の開発の第一線に立っています。専修大学の語るべき歴史と伝統を継承していくのは、皆さん自身です。専修大学で勉学することに誇りと自信をもって、鮮やかな変身を遂げ、人間性豊かな専修人になられることを期待し、15代学長の式辞と致します。