2008年9月号 [第456号] 3面  
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<寄稿> 働いたら普通に暮らせる社会を 日本の社会保障の後進性を考える−経済学部教授 唐鎌 直義
グループワーク支援、読解学習支援の研究でネットワーク情報学部の望月俊男講師が受賞

■<寄稿> 働いたら普通に暮らせる社会を 日本の社会保障の後進性を考える−経済学部教授 唐鎌 直義

  医療・介護、年金問題、雇用不安、格差社会の拡大・・・。私たちを取り巻く環境に不安を覚える人も多いことだろう。現代日本の生活格差、高齢者の貧困などを研究テーマとする、唐鎌直 義経済学部教授は、社会保障の問題について、多くのメディアで発言している。
  暮らしを守るセーフティーネットとしての社会保障制度。日本の福祉政策の問題点とともに、これから私たちが問題にしていくべき点は何であるのか、寄稿していただいた。


 1961年に施行された「国民皆保険・皆年金」以来、半世紀近くを経て、日本の社会保障制度もようやく定着したかに見える。しかし子細に検分すると、昨年表面化した「年金納付記録の大量な漏れ」のような制度の綻びだけでなく、その内側 に社会保障として克服されるべき重要ないくつかの課題を抱えている。それは日本の社会保障制度がもつ後進性と言い換えても良いかも知れない。その後進性のゆえに、今日浮上しているさまざまな問題点を重度化させている側面がある。

・ 一元化されない年金・医療制度

 欧州の先進工業国の社会保障制度に比べて日本のそれが遅れている点とは、まず第一に、年金と医療という社会保障の枢要部分において制度が分立したままで、未だに一元化されていないことである。公的年金は国民年金、厚生年金、共済年金の3区分5制度に分かれているし、医療保障は組合健保、政管健保、国民健康保険(国保)、共済の4区分7制度に分かれている。
  イギリスは1948年に福祉国家を発足させた際に、国民保険法のもとに全制度が一元化された。これは『ベヴァリッジ・レポート』で提案された「社会保険の包括性」原則に基づいている。医療保障はイギリスが世界に誇る「国民保健サービス」(NHS)で提供されており、これは税金で運営されているので、社会保険は病気休職中の傷病手当金のような現金給付部分だけをカバーしている。国民保険法は年金保険、失業保険、労災保険を包括しており、国民が支払う保険料も一本化されている。非常に平等で分かりやすい制度である。
  フランスは制度が分立しているが、56年導入の老齢最低限所得(MV)や88年導入の参入最低限所得(RMI)=後述=のような「社会的ミニマム」の諸制度を拡充してきたので、そう大きな格差問題は生じていないようである。しかし日本の制度は、とりわけ国民年金と市町村国保に矛盾がしわ寄せされる構造になっているために、今もなお加入する制度によって厳然と有利・不利の格差がある。

・ ナショナルミニマム保障の未達成

 後進性の第二は、社会保障の生命線とも言うべきナショナルミニマム(国民最低限)の保障が未だに達成されていない点である。貧困の救済を目的とする生活保護制度は、国が定める最低生活費以下の生活を送る貧困世帯の15%程度しか現に救済できていない。こうして日本の保護率({被保護世帯数÷総世帯数}×100)は2.2%と低く、これに対してフランスとドイツの保護率は10%強、イギリスに至っては24%(ほぼ4軒に1軒)と高い。これだけネットカフェ難民やケータイ派遣労働者などの若者の貧困がクローズアップされているのに、生活保護の適用状況は桁違いに低い。それが日本の現実である。
  なぜこれほどまでに低いのか。その要因を探ると、貧困者でも少額の貯金などを持っている場合、それらの「資産」を処分して丸裸にならないと保護を適用されない仕組みだからである。保有を認められている貯蓄額の上限は、保護基準月額の2分の1程度とされている。これでは単身世帯の場合、5万円前後の所持金があるだけで保護の申請は却下されてしまう。
  車の保有も、特別な理由がある場合を除き、処分換金を求められる。さらに、保護受給者は車を運転することさえ禁じられている。母子世帯の母親が娘の高校受験の際に、友人から車を借りて試験場まで送っていったが、それを理由に保護が打ち切られた。この事件は裁判にまで発展したが、司法の判断は「借りて運転することも不可」であった。
  また、桶川市の「クーラー取り外し事件」(94年)で話題になったが、保護受給者にクーラーをつけることを禁じている地域がまだ多い。ケースワーカーが粘着テープでクーラーを作動できないようにしていくという。
  また、日本では2親等までの扶養義務が求められる。ヨーロッパでは18歳未満の子どもに対して親の扶養義務があるだけである。嫁いだ娘や長いこと会っていない兄弟姉妹のもとに扶養照会の通知が届くのでは、誰しも保護の申請に二の足を踏むのは当然である。こういう理由で、貧困と格差の問題が喧伝されるようになった今でも、保護の受給世帯は100万世帯を超えた程度にとどまっているのである。

・ 福祉を「恥」と考える日本

 後進性の第三は、福祉を受けることに対する根強いスティグマ(恥辱感)の存在である。戦後の欧州各国は、公的扶助制度からスティグマを除去して貧困の救済が十全に行われるようにすることに心血を注いできた。その到達点が選別主義から普遍主義への福祉の転換である。日本では義務教育を受けることに誰しもスティグマを感じる人はいないし、イギリスでは税で運営されているNHSを無料で受診することにスティグマを感じる人はいない。ところが一転して公的扶助になると受け止め方が違ってくる。これは基本的に洋の東西を問わない問題だろうが、日本におけるスティグマのとりわけ強い残存を見る時、その要因は就労に関する価値観の相違にあるのではないかと思える。
  日本人は、高齢者も障害者も失業者も野宿者も皆、福祉を受けることより働くことを希望する。その結果、近年、これらの人々を対象に「自立支援」の網が被されるようになった。しかし、国民に自立を求めるのであれば、国が「働いたら普通に暮らせる社会」を用意することが前提になければならない。雇用の劣化を放置したままで、国民に自立を求めることは、政策として矛盾している。
  なかなか就職の内定が出ずに苦しんでいる4年次生のなかには、真面目で誠実すぎるゆえに自己アピールの下手な学生が多い。こんなに周囲に配慮できる人物を、企業の人事担当者は見抜けないのかしらんと思う。
  先に挙げたフランスの参入最低限所得は、なかなか就職できない25歳未満の若者を対象に、国が最低生活を保障する福祉制度である。「参入」とは社会への参入を意味している。日本の若者は、正規職に就くコースから一度外れると、フリーターの境涯から脱出することは難しい。雇用と福祉の狭間でもがき続ける若者たちの一群が存在する。若者の社会への参入を支える所得保障の制度は、雇用の劣化をストップさせる効果を持つ。悪い条件の雇用には就かないことを選択可能にするからである。就労自立に価値を置き過ぎる社会では、社会保障で生きる意味を見いだせない。
  ヨーロッパのように「失業者」や「保護受給者」をひとつの社会的地位として認める社会を、この日本に創造したい。それが私の遠大な挑戦なのだけれど。

(略歴)

 からかま・なおよし=中央大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。社会政策学会、日本社会福祉学会所属。群馬県館林市男女共同参画審議会会長などを務める。主な担当は学部では社会保障論。大学院では社会政策特殊研究。

 

■グループワーク支援、読解学習支援の研究でネットワーク情報学部の望月俊男講師が受賞

 コンピュータを用いた協調学習支援、高等教育におけるeラーニングなどを主な研究領域とする望月俊男ネットワーク情報学部講師の共同研究が、2つの賞を受賞した。望月講師は、「今後は研究をより深め、学習方法や効果の検証を行っていきたい。本学でこそできる新しい研究にもチャレンジしたい」と話している。また、8月には「おやこdeサイエンス:家庭における科学の学習環境の充実を支援する教育プログラム」(第4著者として)で日本科学教育学会論文賞を受賞した。

・ED-MEDIA2008 Outstanding Paper Award
 論文名=「ProBoPortable: Development of Cellular Phone Software to Prompt Learners to Monitor and Reorganize Division of Labor in Project‐Based Learning」(筆頭著者として受賞)
  望月講師らは、大学教育で最近、広く取り入れられるようになってきたグループワークを支援する携帯電話用のアプリケーションProBoPortableを開発。携帯電話の待ち受け画面上にグループの他のメンバーの状況をリアルタイムに表示するシステムである。学生
が授業時間外でもお互いに助け合いながら学習することを支援することが目的だが、お互いに状況が見えることで、自分の担当部分も確実にこなすようになることが分かった。
  画面上にグループの他のメンバーの状況をリアルタイムに表示するシステムである。学生が授業時間外でもお互いに助け合いながら学習することを支援することが目的だが、お互いに状況が見えることで、自分の担当部分も確実にこなすようになることが分かった。

・ED-MEDIA2008 Outstanding Poster Award
論文名=「eJournalPlus: Development of a TabletPC Based Reading Support Software Toward Critical Reading」(第2著者として受賞)
  大学生の読解力低下の問題に対して、タブレットPCを活用した新しいソフトウェアeJournalPlusを開発。電子的な文章の上にペンを使って線を引くだけでなく、線引き部分を引用しながら、直感的に文章の論理図をまとめることができる。論理図を書くことで、学生が文章の主題と根拠を適切に理解するとともに、的確に自分の意見を述べることができるようになる。
  また、8月には「おやこdeサイエンス:家庭における科学の学習環境の充実を支援する教育プログラム」(第4著者として)で日本科学教育学会論文賞を受賞した。



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