2007年2月号  
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    [4面]  
 

【寄稿】

   
 

愛(め)でる辞書 「クリック前時代」のおじさんから

   
 
▲マーカーや付箋がびっしり。田邉ゼミ生の「愛でる辞書」

 見出し語を引くまでの時間の速さ、持ち運びの手軽さなどで「紙の辞書」を凌駕(りょうが)している「電子辞書」。紙から電子への乗り換えが多い教育現場で、「ちょっと、待って」と異議を唱える田邉祐司文学部教授に寄稿していただいた。

 

 文学部教授・田邉祐司

 もはや「紙の辞書」は英語学習者の標準装備ではないのだろうか。

 中学校ではまだしも、高校の教室では電子辞書への乗り換え組が多いと聞く。事情は大学でも同様。例えば筆者のクラスでも薄くて、場所をとらない電子辞書が主役の座を奪いつつある。その電子辞書だが、学生が「引く」所作は圧倒的である。蓋を開けるやいなや、目的のことばを求め、指がキーボード上を踊る。用が済むと、「パタッ」と蓋を閉じる。この間わずか数十秒。必要なものを、最小の時間とエネルギーで取得するのが彼らの流儀なのか、「クリック前時代」に青春期を過ごしたおじさんは、ただ呆気にとられるのみである。

 何もここで電子辞書批判を展開しようというのではない。筆者自身、例えばこの稿はコンピューターで打っているし、コンピューターやネット上の辞書の助けを借りることも多い。電子辞書も手の届くところに置いている。指先ひとつで情報を得ることのできるクリック文化の恩恵に預かるひとりである。その必要・有用性は十分に認めながらもこと教育という観点からこうしたクリック世代の辞書引きをながめるとき、心のどこかにある違和感を述べたいのである。

 

「試行錯誤」で鍛える

 クリック前時代のわれわれにとっての辞書は、紙のそれだった。「面倒」という思いを押し殺し、ページをめくる。アルファベットの索引には慣れが必要だったが、何度も引くうちに自然と指先と頭の間に不思議な連携ができ、当てずっぽうでも引けるようになった。綴りも同様に、何となく頭に残っていった。

 紙の辞書では見開きの2ページが同時に目に飛び込んでくる。ざっと提示されたものの中から所定の単語を検索するからだろうか、情報を選別し、その軽重を判断する一種の勘も養われた。ようやくお目当ての単語にたどり着くと「そうか!」「知っていたのに!」などと心の中でつぶやく。忘れないように単語をぐりぐりと赤鉛筆で囲んだりもした。気が向いたときには前後のことばをながめたり、関連語句なども引くようになった。付箋紙をブックマークよろしく使い、ページの余白には思いつきを書き込むことも覚えた。やがて、辞書は手あかで汚れ、ページはすり減り、最後はボロボロになった。使い込んだ辞書は自分の学びの軌跡であり、それは誇りだった。現行の電子辞書はこのような人間的な行為とはどうもなじまない。

 英語学習にかかわらず、およそすべての学習には「?(疑問)→!(発見)」という「学びのプロセス」がある。特に、その中の「→」(試行錯誤)にこそ、クリックの世の中が失いつつあるものが存在しないだろうか。認知心理学では学習者に、彼らが今こなせるよりも少し高い処理の水準のものを与え、学習者自らがそれを体験し、思考し、発見することにより学習が進むという仮説がある。昔ながらの面倒くさく、手間もかかるプロセスの中で繰り返される「なぜ」、「よし、調べるか」、「へえ!」「そうか! わかった!」といった一連の「→」の中にこそ、学習を進め、ひいては人を鍛えるものがあるのではないだろうか。だからこそ、クリック世代特有のお手軽な電子辞書引きには違和感があるのだ。

 

学びの「痕跡」を残す

 この思いから筆者のゼミ(通訳コミュニケーション)では、学習の比較的早い段階から「紙の辞書をめ愛でる」ことを体得させるようにしている。「愛でる」とは辞書を床の間に飾ってながめて、悦に入ることでは無論ない。むしろ猛然と辞書を引いて、引いて、引きまくることで、自らの学びの痕跡を辞書に残すことなのである。さほど狂おしいほどの気持ちで、引き潰すような経験なしに言語はモノにはできまい。電子辞書を使用するのはむしろそういう経験をしてからの方が良いとさえ思うこともある。

 その信念を、身をもって証明してくれているのは、ほかならぬわがゼミ生である。ここに載せた写真は、そんな彼らの学びの軌跡を伝える紙の辞書である。小ぎれいな電子辞書からは伺い知ることができないようなパワーを感じとることができよう。TOEFL(R)、TOEIC(R)などの客観的な英語試験で高得点をマークし、英検1級などにも合格するわが自慢の息子、娘たちはこうした紙の辞書とのつきあい方を一旦は経験している。

 クリック文化は情報収集に介在する七面倒なプロセスを確かに簡略化してくれる。デジタル革命が形成してきたこの文化は社会の進歩のための善意の効率化につながろう。だが、こと教育という現場においてそれが学習の効率化に直結するかというと、その評価にはまだ時代の検証が必要であろう。

 英語学習プロセスのどこかの一時期でも良いから、濃密な紙の辞書引きの体験をさせてやりたい。それはアナログ文化に学んだわれわれのクリック世代への責務というと大げさだろうか。学生たちの華やかな指使いを見るたびに、「No pain No gain.」 という先人の知恵が頭をよぎる。

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(たなべ・ゆうじ)

文学部教授。担当は通訳入門I、IIなど。

 

 
 

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