教授・宮﨑 裕助

宮崎先生(差し替え用)
これまでの常識や慣習が通用しなくなった現代こそ、哲学や思想の力が試されているときはありません。迷宮のように入り組んだ現代思想の水先案内人としての役を果たすことで、思想や哲学の面白さを発見し、次の時代へと生き延びるための知をつかみとってもらえればと願っています。
宮﨑 裕助
教授



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教員データ

氏名・職位   宮﨑 裕助(YUSUKE MIYAZAKI)教授
文学部開講科目 ・西洋哲学史(現代)1・2
・哲学特殊講義4
・ゼミナール1・2・3
大学院開講科目 ・近代現代哲学特殊研究Ⅱ
・近代現代哲学特殊研究Ⅱ演習
・近代・現代哲学特講
・近代・現代哲学特講演習
略歴 兵庫県丹波市出身
1997年 東北大学文学部哲学科卒
1999年 東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻修士課程修了
2003年 英国近現代ヨーロッパ哲学研究センター(CRMEP)修士課程修了
2007年 東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程修了
2008年~2021年 新潟大学人文学部准教授
2021年4月より 専修大学文学部教授
専門分野 哲学・現代思想
研究キーワード ジャック・デリダ、イマヌエル・カント、脱構築、判断力、崇高、美学
所属学会 日本哲学会/日仏哲学会/日本倫理学会/実存思想協会/哲学会/表象文化論学会/日本カント協会/東北哲学会/美学会/日本アーレント研究会

主要業績

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単行本(単著)
2020年『ジャック・デリダ──死後の生を与える』岩波書店
2009年『判断と崇高──カント美学のポリティクス』知泉書館
単行本(共著・編著・論文集・事典など)
2023年『啓蒙思想の百科事典』日本18世紀学会編、丸善出版
2023年『『啓蒙の弁証法』を読む』上野成利・高幣秀知・細見和之編、岩波書店
2022年『精神分析のゆくえ──臨床知と人文知の閾』十川幸司・藤山直樹編、金剛出版
2021年『ハイデガー事典』ハイデガー・フォーラム編、昭和堂
2020年『アーレント読本』日本アーレント研究会編、法政大学出版局
2019年『ドゥルーズの21世紀』檜垣立哉・小泉義之・合田正人編、河出書房新社
2018年『新・カント読本』牧野英二編、法政大学出版局
2018年『21世紀のソシュール』松澤和宏編、水声社
2017年『共にあることの哲学と現実──家族・社会・文学・政治』岩野卓司編、書肆心水
2016年『終わりなきデリダ』齋藤元紀・澤田直・渡名喜庸哲・西山雄二編、法政大学出版局
2016年『続・ハイデガー読本』秋富克哉・安部浩・古荘真敬・森一郎編、法政大学出版局
2015年『カントと現代哲学』カント研究会編、晃洋書房
2015年『連続講義 現代日本の四つの危機──哲学からの挑戦』齋藤元紀編、講談社選書メチエ
2015年『労働と思想』市野川容孝・渋谷望編、堀之内出版
2014年『感性学──触れ合う心・感じる身体』栗原隆編、東北大学出版会
2013年『感情と表象の生まれるところ』栗原隆編、ナカニシヤ出版
2013年『人文学と制度』西山雄二編、未來社
2012年『カントを学ぶ人のために』有福孝岳・牧野英二編、世界思想社
2012年『世界の感覚と生の気分』栗原隆編、ナカニシヤ出版
2011年『カントと日本の哲学』日本カント協会編、理想社
2011年 Glauben und Wissen in der Geistesgeschichte, ed. Kurihara Takashi, Graduate School of Modern Society and Culture, Niigata University
2011年『近代哲学の名著』熊野純彦編、中公新書
2009年『ヨーロッパ現代哲学への招待』伊藤直樹・齋藤元紀・増田靖彦編、梓出版社
2009年『哲学と大学』西山雄二編、未來社
2007年 Phenomenology 2005, vol.1, eds. Cheung Chan-Fai and Yu Chung-Chi, Zeta Books
2006年『実存と政治』実存思想協会編、理想社
2006年『現代批評理論のすべて』大橋洋一編、新書館
2006年『いま、哲学とはなにか』小林康夫編、未來社
翻訳
2022年 ジャック・デリダ『メモワール──ポール・ド・マンのために』宮﨑裕助・小原拓磨・吉松覚訳、水声社
2021年 アレクサンダー・ガルシア・デュットマン「共犯者」「補遺 オリヴァー・フォーゲルへの手紙」『いま言葉で息をするために──ウイルス時代の人文知』勁草書房
2021年 ジャン゠マリ・ベサード「「しかし彼らは狂っているのだ」──「第一省察」の論争の的になった一節について」宮﨑裕助・金田康寛訳、『知のトポス』第16号
2020年 ジャコブ・ロゴザンスキー「真理がなければならない──デリダの真理論について」宮﨑裕助・桐谷慧訳、『知のトポス』第15号
2020年 ロドルフ・ガシェ『脱構築の力──来日講演と論文』宮﨑裕助編訳、入江哲朗・串田純一・島田貴史・清水一浩訳、月曜社
2019年 スタンリー・カヴェル「近代哲学の美学的諸問題」宮﨑裕助・高畑菜子訳、『知のトポス』第14号
2018年 アレクサンドル・コイレ「フランスにおけるヘーゲル研究の状況報告」小原拓磨・宮﨑裕助訳『知のトポス』第13号
2017年 フランソワーズ・ダステュール「差異の問い──デリダとハイデガー」宮﨑裕助・松田智裕訳、『知のトポス』第12号
2016年 ヴェルナー・ハーマッハー「文学的出来事の歴史と現象的出来事の歴史とのいくつかの違いについて」宮﨑裕助・清水一浩訳、『知のトポス』第11号
2015年 ジャック・デリダ『哲学への権利 2』西山雄二・立花史・馬場智一・宮﨑裕助・藤田尚志・津崎良典訳、みすず書房
2015年 ジェラール・グラネル「ジャック・デリダと起源の抹消」宮﨑裕助・松田智裕訳、『知のトポス』第10号
2015年 マイケル・ナース「デリダ最盛期」宮﨑裕助・島田貴史訳、『現代思想』2015年2月臨時増刊号
2014年 ジャック・デリダ「アメリカ独立宣言」『思想』2014年12月号
2013年 ヴェルナー・ハーマッハー「エクス・テンポレ──カントにおける表象(Vorstellung)としての時間」(上)宮﨑裕助・清水一浩訳、『知のトポス』第8号/同(下)第9号、
2013年 エッカート・フェルスター「カント以後の哲学の展開にとっての『判断力批判』第七六~七七節の意義」[第一部]宮﨑裕助・大熊洋行訳、『知のトポス』第8号/同[第二部]第9号、2014年
2013年 ヴェルナー・ハーマッハー「読解不可能性」竹峰義和・宮﨑裕助訳、『思想』2013年7月号
2013年 アレクサンダー・ガルシア・デュットマン「婉曲語法、大学、不服従」『人文学と制度』西山雄二編、未來社
2012年 ポール・ド・マン「ジャック・デリダ『グラマトロジーについて』のルソー読解」『現代思想』2012年10月号
2012年 ポール・ド・マン『盲目と洞察──現代批評の修辞学における試論』宮﨑裕助・木内久美子訳、月曜社
2012年 ロドルフ・ガシェ「ヒュポテュポーシス──カントにおける感性的描出(hypotyposis)の概念についてのいくつかの考察」宮﨑裕助・福島健太訳、『知のトポス』第7号
2011年 ダニエル・ヘラー゠ローゼン「万人の敵──海賊と万民法」宮﨑裕助・星野太訳、『現代思想』2011年7月号
2010年 ニール・ハーツ「ロンギノス読解」宮﨑裕助・星野太訳、『知のトポス』第6号
2010年 サミュエル・ウェーバー「ならず者民主主義」河野年宏・宮﨑裕助訳、『みすず』第583号/同 第584号
2010年 ジャコブ・ロゴザンスキー「「Ungeheuer なもの」の限界で──カント『判断力批判』における崇高と怪物的なもの」『知のトポス』第5号
2009年 クリストファー・フィンスク「〈言語〉の要求──人文学擁護のために」『現代思想』2009年11月号
2009年 ポール・ド・マン「批評と危機」『表象』第3号
2009年 サミュエル・ウェーバー「大学の未来──カッティング・エッジ」河野年宏・宮﨑裕助訳、『現代思想』2009年4月号
2007年 サミュエル・ウェーバー「人文学の未来──実験すること」門林岳史・宮﨑裕助訳、『表象』第1号
2006年 ヴェルナー・ハーマッハー「ヘーゲルの読解行為──「吐き気」をめぐるトロープ操作」『SITE ZERO/ZERO SITE』第0号、メディア・デザイン研究所
2003年 アレクサンダー・ガルシア・デュットマン「NEVER BEFORE, ALWAYS ALREADY──アガンベンと関係のカテゴリーについてのノート」『月曜社通信』2003年5月25日号
2002年 ジャック・デリダ『有限責任会社』高橋哲哉・増田一夫・宮﨑裕助訳、法政大学出版局
論文(雑誌・紀要・研究成果報告書など)
2021年「情動の退隠──フロイトと現代ポピュリズムの問い」『エクリヲ』第13号
2020年「グローバル・パンデミックにおける信と知──デリダの自己免疫論とコロナ・ピューリタニズム」『現代思想』2020年11月号
2019年「「歴史をつくる」──ジャック・デリダの系譜学的脱構築にむけて」『立命館大学人文科学研究所紀要』第120号
2019年「政治的判断力と観想的判断力を架橋する──アーレントの判断力論再考」『Arendt Platz』第4号、日本アーレント研究会
2018年「プロト脱構築について──ルター、ハイデガー、デリダ」『現代思想』2018年2月臨時増刊号
2016年「シラーの「遊戯衝動」から、カントの「物質的視覚」へ──ポール・ド・マンの歴史的唯物論にむけて」『シェリング年報』第24号
2015年「文献学への新たな回帰?」『現代思想』2015年11月号
2015年「美的情動批判──ポール・ド・マンの美学イデオロギー論再考」『社会思想史研究』第39号
2015年「呼びかけとしての友愛、哀悼としての友愛──ジャック・デリダの友愛論におけるアリストテレス的伝統について」『現代思想』2015年2月臨時増刊号
2014年「国家創設のパフォーマティヴと署名の政治──ジャック・デリダの「アメリカ独立宣言」論」『思想』2014年12月号
2014年「ジャック・デリダ──職業(プロフェッション)としての言語行為」『POSSE』第22号、堀之内出版
2014年「限定的ミメーシスから全般的ミメーシスへ──ジャック・デリダ『散種』を読む」『思想』2014年2月号
2014年「「決断の瞬間はひとつの狂気である」──ジャック・デリダのキルケゴール『おそれとおののき』読解」『現代思想』2014年2月号
2013年「弁解機械作動中──ルソーの「盗まれたリボン」をめぐるポール・ド・マンとジャック・デリダ」『思想』2013年7月号
2012年「法のテクスト/テクストの法──ポール・ド・マンにおけるルソー『社会契約論』のキアスム読解」『現代思想』2012年10月号
2012年「自己免疫的民主主義とはなにか──ジャック・デリダにおける「来たるべきデモクラシー」論の帰趨」『思想』2012年8月号
2011年「海賊たちの永遠戦争──ダニエル・ヘラー゠ローゼン 『万人の敵』 に寄せて」(星野太氏との共著)『現代思想』2011年7月号
2011年「革命の印璽から残ったもの──ジャン・ジュネ 『恋する虜』 の余白に」『ユリイカ』2011年1月号
2009年「脱構築はいかにして生政治を開始するか──デリダの動物論における「理論的退行」について」『現代思想』2009年7月号
2008年「決断主義なき決定の思考──デリダ avec シュミット」『SITE ZERO/ZERO SITE──情報生態論:生きるためのメディア』第2号、メディア・デザイン研究所
2007年「ソシュールのグラマトロジー──『一般言語学講義』を読むデリダを再読する」『思想』2007年11月号
2007年「政治的判断力再考──「美の政治」と「崇高の政治」のあいだ」『UTCP研究論集』第10号、東京大学21世紀COE共生のための国際哲学交流センター
2006年「吐き気──「不定形」の反美学」『SITE ZERO/ZERO SITE──エステティクスの臨界』第0号、メディア・デザイン研究所
2006年「ミニマル・コンセンサスの条件──デリダにおけるテレコミュニケーションの論理」『哲学』第57号、日本哲学会
2004年「読むことの盲目と明察──ジャック・デリダとポール・ド・マンのあいだ」『現代思想』2004年12月号
2004年「行為遂行的矛盾をめぐる不和──デリダと討議倫理学の問題」『フランス哲学・思想研究』第9号、日仏哲学会
2004年「物質的崇高について──ポール・ド・マンのカント読解における視覚の問題」『表象文化論研究』第3号、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論
2004年「判断の崇高──カント『判断力批判』と美学の崩壊」『哲学・科学史論叢』第6号、東京大学教養学部哲学・科学史部会
2001年「反覆可能性の法──デリダ『有限責任会社』と行為遂行性の問題」『哲学・科学史論叢』第3号、東京大学教養学部哲学・科学史部会
1999年「弁解、機械、ランダムネス──ポール・ド・マンと読解の倫理」『現代思想』1999年3月号
その他(学会発表・講演・座談会・インタビュー・書評・エッセイなど)
2022年「パンデミック下の現代思想──コロナ禍以後の私たちの生の行方」専修大学人文科学研究所定例研究会 11月15日
2022年「ジョルジョ・アガンベン『散文のイデア』(月曜社)書評」『週刊読書人』2022年10月14日、3460号
2022年「ジャック・デリダ──肉声で語る思考の現場」『文學界』2022年8月号
2022年「来たるべき啓蒙への問い──フーコーとデリダにおける『啓蒙の弁証法』の射程」専修大学哲学会、2022年7月31日
2022年 "Une vie, une survie: Derrida and Deleuze on the Concept of Life", 7th Derrida Today Conference, 2022年6月13日
2022年「マーティン・ヘグルンド『この生』」『現代思想』2022年1月号
2021年「著者応答:書評パネル 宮﨑裕助『ジャック・デリダ──死後の生を与える』」表象文化論学会第15回研究発表集会、2021年12月5日
2021年「反復としての革命と歴史的判断力の政治的射程:シンポジウム「政治哲学の根本問題──アーレントから出発して」コメント」東北哲学会第71回大会、2021年10月23日
2021年「来たるべき共感の共同体──シンパシー、エンパシー、テレパシー」三田哲学会公開ワークショップ「来たるべき民主主義――デリダのデモクラシー論と友愛論を基軸に」2021年9月24日
2021年 "Nature Without Ideas: A Question for Catherine Malabou on Before Tomorrow", 脱構築研究会 2021年9月10日
2021年「渡名喜庸哲『レヴィナスの企て──『全体性と無限』と「人間」の多層性』(勁草書房)書評」表象文化論学会ニューズレター『REPRE』第42号、2021年7月
2021年「哲学の起源がギリシア的であるというのはいかなる意味においてか──ロドルフ・ガシェ『地理哲学──ドゥルーズ&ガタリ『哲学とは何か』について』合評会」大阪大学大学院人間科学研究科 共生学系未来共生学講座 共生の人間学分野、2021年6月26日
2021年「フラット化する時代に思考する──ポストモダン思想再考」(大橋完太郎氏、千葉雅也氏との共同討議)『現代思想』2021年6月号
2021年「二〇二〇年読書アンケート」『みすず』2021年1・2月合併号
2021年「アーレントの「思考」の諸問題──Ⅰ「政治的判断力と歴史的判断力」/Ⅱ「アイヒマン問題を考える」/Ⅲ「赦し──アーレントとデリダ」」第9回大阪哲学ゼミナール、2021年1月15日~17日
2020年「ポスト・トゥルース時代における「嘘」の再変容」第2回表象文化論学会オンライン研究フォーラム、2020年12月19日
2020年「カント『判断力批判』からみる美学史と現代思想──『美学』刊行記念」(小田部胤久氏との対談)ゲンロンカフェ、2020年11月27日
2020年 インタビュー「哲学×映画『メッセージ』──私たちは未来を予期して生きている? 傑作SFを哲学で読み解く」(聞き手:谷脇栗太氏)ほとんど0円大学、2020年9月8日
2020年 アンケート特集「いま再読したい『私を変えた一冊』」『群像』2020年10月号
2020年「後期デリダ、「生き延び」の哲学──『ジャック・デリダ──死後の生を与える』刊行記念イベント」(鵜飼哲氏との対談)ゲンロンカフェ、2020年7月31日
2020年「宮﨑裕助『ジャック・デリダ──死後の生を与える』(岩波書店)合評会」脱構築研究会、2020年6月27日
2020年「ポール・ド・マン『ロマン主義と現代批評──ガウス・セミナーとその他の論稿』(彩流社)書評」『週刊読書人』2020年5月8日、第3338号
2020年「ジャック・デリダの「死後の生」──ポストヒューマンと不死の行方」『群像』2020年5月号
2020年「「死後の生」を考える、永遠の生を希求することなく」hontoブックツリー、2020年2月4日
2019年「家族の「きずな」を哲学する──私たちをつなぐものはどこにある?(上)」(阿部ふく子氏、大島梨沙氏、藤田尚志氏、宮野真生子氏とのセミナーおよび討議)けいそうビブリオフィル《ジェンダー対話シリーズ》第6回、勁草書房、2019年12月12日/同 第7回(中)2019年12月19日/同 第8回(下)2019年12月26日
2019年「情動の同一化と政治的パニック──フロイト集団心理学のポピュリスト・モーメント」小寺記念精神分析研究財団 学際的ワークショップ「精神分析の知のリンクにむけて」第4回「精神分析と人文学」TKP市ヶ谷カンファレンスセンター、2019年9月22日
2019年「テーマパークに宿る崇高の記憶──東浩紀『テーマパーク化する地球』(ゲンロン)書評」『群像』2019年9月号
2019年「ゲルノート・ベーメ『新しい視点から見たカント『判断力批判』』(晃洋書房)書評」『日本カント研究』第20号、日本カント協会、2019年、117-121頁
2019年「いかにして国家は創設されるのか──ジャック・デリダの「アメリカ独立宣言」論を読む」慶應義塾大学大学院法学研究科 政治思想研究会、慶應義塾大学三田キャンパス南校舎、2019年5月9日
2019年「亀井大輔『デリダ 歴史の思考』(法政大学出版局)書評」『週刊読書人』2019年4月12日、第3285号
2019年「デリダと「歴史の思考」──亀井大輔著『デリダ 歴史の思考』をめぐって」脱構築研究会・立命館大学間文化現象学研究センター合同研究会、立命館大学末川記念会館、2019年3月16日
2018年「多元化する世界の狭間で──マルクス・ガブリエルの哲学を検証する」(大河内泰樹氏、斎藤幸平氏との鼎談)『現代思想』2018年10月臨時増刊号
2018年「政治的判断力はなぜそう呼ばれるのか──アーレントの判断力論再考」アーレント研究会第17回大会シンポジウム「アーレントvsカント──政治・自由・判断力」中央大学後楽園キャンパス、2018年9月8日
2018年「カントとフランス哲学──シンポジウム趣意」『日本カント研究』第19号、日本カント協会
2018年「松本卓也・山本圭編『〈つながり〉の現代思想──社会的紐帯をめぐる哲学・政治・精神分析』(明石書店)書評」『週刊読書人』2018年7月27日、第3249号
2018年「精神分析の撤退戦をいかに闘うか──松本卓也『享楽社会論──現代ラカン派の展開』(人文書院)書評」『新潮』2018年6月号
2018年 “Confronting the Lutheran Legacy of Deconstruction: Heidegger, Derrida, Nancy,” 6th Derrida Today Conference, Concordia University (Montreal, Canada)、2018年5月25日
2018年「来たるべき学問の仮名としての哲学」明治大学文学部心理社会学科「哲学専攻」発足記念シンポジウム「なぜ、今、哲学なのか──発言する哲学、越境する哲学」明治大学リバティホール、2018年4月14日
2018年「『多様体1』(月曜社)書評」『週刊読書人』2018年4月13日、第3235号
2018年「串田純一『ハイデガーと生き物の問題』(法政大学出版局)書評」表象文化論学会ニューズレター『REPRE』第32号
2017年「D'avec──ヴェルナー・ハーマッハーから/とともに」『ウラゲツ☆ブログ』月曜社、2017年7月20日
2017年「ジャック・デリダ『嘘の歴史 序説』西山雄二訳(未來社)書評」『図書新聞』2017年5月27日、第3304号
2016年「家族への信──デリダと「きずな」の問い」第23回新潟哲学思想セミナー、新潟大学五十嵐キャンパス、2016年11月18日
2016年「バーバラ・ジョンソン『批評的差異──読むことの現代的修辞に関する試論集』(法政大学出版局)書評」『週刊読書人』2016年11月4日、第3163号
2016年「出来事としての構想力──カントにおける数学的崇高の問い」哲学会第55回研究発表大会、東京大学本郷キャンパス法文二号館、2016年10月29日
2016年「人間/動物のリミトロフィー──ジャック・デリダによるハイデガーの動物論講義──ハイデガーとデリダ」ハイデガー研究会/脱構築研究会ワークショップ、立正大学品川キャンパス、2016年7月31日
2016年 “Towards Another Aristotelian Tradition of Friendship: Derrida and Agamben” 5th Derrida Today Conference, Goldsmiths, University of London, 2016年6月9日
2016年「カンタン・メイヤスー『有限性の後で──偶然性の必然性についての試論』(人文書院)書評」『週刊読書人』2016年3月11日、第3131号
2015年「「愚かさ」の差異と分有──人間/動物の超越論的問いをめぐるデリダのドゥルーズ批判」脱構築研究会×ドゥルーズ科研・共同ワークショップ「ドゥルーズとデリダ」グランフロント大阪北館タワーB10、2015年12月20日
2015年「書き過ぎる、いや、書き足りない──過剰書字者ジャック・デリダの肖像」『ふらんす』2015年11月号
2015年「ジャック・デリダ『赦すこと──赦し得ぬものと時効にかかり得ぬもの』(未來社)書評」『週刊読書人』2015年10月9日、第3110号
2015年「シラーの「遊戯衝動」からカントの「物質的視覚」へ」日本シェリング協会第24回大会、神奈川大学横浜キャンパス、2015年7月4日
2015年「解説「新たな決定の思想」を再導入する」高橋哲哉『デリダ──脱構築と正義』講談社学術文庫
2015年「ジョルジョ・アガンベン『いと高き貧しさ』(みすず書房、2014年)書評」『図書新聞』2015年4月18日、第3203号
2015年「カントの大学論をめぐる検閲と秘密の問題」愛媛大学法文学部人文学科・新潟大学人文学部学術交流講演会、愛媛大学法文学部大会議室、2015年3月20日
2015年「デリダ研究の最前線──「生・死」の哲学にむけて」(東浩紀氏との対談)ゲンロンカフェ、2015年2月24日
2015年「ポスト・デリダに向けて」(藤本一勇氏、西山雄二氏との鼎談)『週刊読書人』2015年2月20日、第3078号
2015年「ジャック・デリダ著作目録 2014」(島田貴史氏との共著)『現代思想』2015年2月臨時増刊号
2015年「デッドレターとしての哲学」(東浩紀氏へのインタヴュー)『現代思想』2015年2月臨時増刊号
2014年「10年後のジャック・デリダ」(鵜飼哲氏、西山雄二氏、國分功一郎氏との座談会)『思想』2014年12月号
2014年 “Arendt on Aesthetico-Political Judgment,” Rodolphe Gasché’s Seminar at Komaba, 東京大学駒場キャンパス18号館、2014年11月25日
2014年「美的情動批判──ポール・ド・マンの美学イデオロギー論再考」社会思想史学会第39回大会、明治大学駿河台キャンパス、2014年10月25日
2014年「ジャック・デリダ『プシュケー 他なるものの発明I』(岩波書店)書評」『週刊読書人』2014年9月12日、第3056号
2014年「ミメーシス、エコノミメーシス──カント/デリダにおけるミメーシス論の脱構築」EconoMimesis R&D ワークショップ#3「エコノミー・ミメーシス・エコノミメーシス」日本女子大学目白キャンパス、2014年5月17日
2014年「「借りの礼讃」と贈与の出来事──ナタリー・サルトゥー゠ラジュ『借りの哲学』から考える」『atプラス20』太田出版
2014年「浜野喬士『カント『判断力批判』研究──超感性的なもの、認識一般、根拠』(作品社)書評」『図書新聞』2014年5月3日、第3157号
2014年「哲学、国家、検閲──カント『諸学部の争い』をめぐる権力と秘密の問題」カント研究会第280回例会、法政大学92年館、2014年4月27日
2013年「「決断の瞬間は狂気である」──デリダのキルケゴール論をめぐって」キルケゴール生誕200年記念ワークショップ「現代思想の源泉としてのキルケゴール」高崎経済大学図書館ホール、2013年11月30日
2013年「芸術の過去性と物質性──ポール・ド・マンのヘーゲル美学読解における記憶の問い」表象文化論学会第8回研究発表集会、東京大学駒場キャンパス18号館、2013年11月7日
2013年「ジャック・デリダとポール・ド・マン──もうひとつの脱構築をめぐって」第1回脱構築研究会発足記念シンポジウム「ポール・ド・マンと脱構築」一橋大学国際研究館4F大教室、2013年8月3日
2013年「ポール・ド・マン再考」(土田知則氏、巽孝之氏との座談会)『思想』2013年7月号
2013年「哲学、国家、検閲──デリダとともにカント『諸学部の争い』を読む」カント研究会第270回例会、法政大学92年館、2013年4月28日
2013年「哲学の危機と抵抗──イギリス・ミドルセックス大学哲学科」(西山雄二氏との共著)西山雄二編『人文学と制度』未來社
2013年「「ヒューマニズムなきヒューマニティーズ」をめぐって」UTCPワークショップ「人文学と制度」東京大学駒場キャンパス18号館、2013年3月26日
2013年「ポール・ド・マン『読むことのアレゴリー──ルソー、ニーチェ、リルケ、プルーストにおける比喩的言語』(岩波書店、2012年)/土田知則『ポール・ド・マン──言語の不可能性、倫理の可能性』(岩波書店、2012年)書評」『週刊読書人』2013年3月15日、第2981号
2013年 “The Necessity of Questioning on the Machine: A Comment on Nicholas Royle’s ‘Poetry, Animality, Derrida’” ニコラス・ロイル講演会、早稲田大学文学学術院表象・メディア論系、早稲田大学政経学部1号館、2013年2月28日
2012年 “Affective Life in the Autoimmunity of Democracy: Toward Derrida’s ‘Biopolitical’ Thinking” 3rd Derrida Today Conference, University of California, Irvine, 2012年7月13日
2012年「原ミメーシスと「共同遊戯」という救済──森田團『ベンヤミン──媒質の哲学』(水声社)を読む」第80回哲学/倫理学セミナー、文京区民センター、2012年3月31日
2012年「PRE・face「思考の同期性」を描き出す」表象文化論学会ニューズレター『REPRE』第14号、2012年1月
2011年「自己免疫的民主主義とはなにか──デリダ『ならず者たち』を読む」第77回哲学/倫理学セミナー、文京区アカデミー向丘、2011年11月19日
2011年 “An Introduction to Yuji Nishiyama’s ‘The Right to Philosophy’”, Research Group In Continental Philosophy, Goldsmiths, University of London, 2011年10月31日
2011年 “How to invent the unconditionality of the institution in the name of ‘philosophy and university’?”, International Symposium: Humanities after Fukushima, Birkbeck College and LAPCSF, Birkbeck College, University of London, 2011年10月29日
2011年「海賊パラダイムの時代」UTCPワークショップ「海賊と国際秩序」東京大学駒場キャンパス、2011年8月2日
2011年「民主主義の不可視なる敵──デリダにおける自己免疫の政治」表象文化論学会第6回大会、京都大学総合人間学部棟、2011年7月3日
2010年「英米語圏における「人文学」的思考の現在」公開ワークショップ「哲学と大学」一橋大学・佐野書院、2010年12月26日
2010年「パラサブライムの問題圏──カント崇高論における戦争の美学と反美学」日本カント協会第35回学会、新潟大学五十嵐キャンパス、2010年11月13日
2010年「自著紹介──宮﨑裕助著『判断と崇高──カント美学のポリティクス』合評会」カント研究会第244回例会、法政大学92年館、2010年8月29日
2010年「アドルノ「ヴァレリー プルースト 美術館」(1953年)を読む」新潟大学19世紀学研究所、ミュージアム論研究会、新潟大学五十嵐キャンパス、2010年3月28日
2010年「「哲学と大学」の無条件性にむけて──映画『哲学への権利──国際哲学コレージュの軌跡』をめぐるノート」加藤泰史編『ボローニャプロセス以後の欧米を中心とした大学制度の変貌と新しい学問状況[2009年度中間報告書]』南山大学ヨーロッパ研究センター
2009年「ジャック・デリダにおける教育と哲学──ドキュメンタリー映画『哲学への権利──国際哲学コレージュの軌跡』をめぐって」南山大学地域研究センター共同研究/ヨーロッパ研究センター共催シンポジウム、南山大学名古屋キャンパス、2009年12月5日
2009年「互盛央『フェルディナン・ド・ソシュール』(作品社)書評」『図書新聞』2009年12月5日、第2944号
2009年「自著を語る──『判断と崇高』(知泉書館)」『ほんのこべや』第37号、新潟大学生活協同組合
2009年「デリダと動物──「脱構築はいかにして生政治を開始するか」をめぐって」、UTCPワークショップ「人間と動物の共生──『現代思想』2009年7月号「特集=人間/動物の分割線」を読む」東京大学駒場キャンパス、2009年7月31日
2009年「宮﨑裕助著『判断と崇高』をめぐって」政治理論読書会、新潟国際情報大学中央キャンパス、2009年7月29日
2009年 “Another Possibility beyond the Negative Politics in Democracy: Jacques Derrida’s Concept of ‘Decision’ and ‘Responsibility’”台湾大学哲学系・UTCP 台湾大学哲学系館一号会議室、2009年3月29日
2008年「決断主義なき決定の思考──シュミットの主権的決断からデリダの受動的決断へ」新潟大学19世紀学研究所、新潟大学人文社会学系棟、2008年12月12日
2008年「カント崇高論における戦争の美学と反美学」東北哲学会第58回大会、秋田大学教育文化学部、2008年10月26日
2008年「パラサブライムについて──カント崇高論と美的政治の問題」若手研究者フォーラム第三回「イメージ(論)の臨界──イメージのポリティクスとエコノミクス」京都大学人間総合学部、2008年8月30日
2008年「パラサブライムとしての吐き気──ジャック・デリダ『エコノミメーシス』(未來社)書評」『言語・情報・テクスト』第15号、東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻
2008年「ポストヒューマンの時代における人文知にむけて──トム・コーエン講演会「「気候変動」とアーカイヴ──地表性、再記入、記憶の体制」報告」東京大学グローバルCOE共生のための国際哲学教育研究センター
2008年「合評会「ジャック・デリダ『マルクスの亡霊たち』を読む」報告」東京大学グローバルCOE共生のための国際哲学教育研究センター
2008年「ジャック・デリダ『マルクスの亡霊たち』増田一夫訳(藤原書店)書評」『図書新聞』2008年2月16日、第2858号
2007年「カントの『諸学部の争い』をめぐって」UTCP公開共同研究会「哲学と大学──近代の哲学的大学論の系譜学と人文知の未来」東京大学駒場キャンパス、2007年12月6日
2007年「デリダ著作目録」「デリダ日本語関連文献」『別冊・環13──ジャック・デリダ 1930-2004』藤原書店
2007年「斎藤慶典『デリダ──なぜ「脱‐構築」は正義なのか』(NHK出版)書評」『フランス哲学・思想研究』第12号、日仏哲学会
2007年「決断の帰趨──ジャック・デリダとカール・シュミットにおける決定の問題」東京大学21世紀COE共生のための国際哲学交流センター「政治哲学」研究会、東京大学駒場キャンパス、2007年7月25日
2007年「コスタス・ドゥージナス編『来たるべきデリダ』(明石書店)書評」『図書新聞』2007年6月30日、第2827号
2007年「〈決断〉の帰趨──デリダにおける「決断主義なき決定」の思考」哲学会(東京大学)カント・アーベント、本郷学士会館分館、2007年4月21日
2007年「新しいアソシエーションの形をもとめて」(桑野隆・佐藤良明・中島隆博・門林岳史の諸氏との座談会)表象文化論学会ニューズレター『REPRE』第3号
2007年「「人文」の未来」『月刊オルタ』2007年2月号、アジア太平洋資料センター
2007年「情動、戦争、スペクタクル──「〈帝国〉以後」に戦争を考えるためのノート」『artscape』2007年2月15日号
2006年「ジャック・デリダ著作年表」ニコラス・ロイル『ジャック・デリダ』田崎英明訳、青土社
2006年「政治的判断力再考──アーレント、ハーバーマス、リオタールにおけるカント判断力の展開」カント研究会第204回例会、早稲田大学戸山キャンパス、2006年8月27日
2006年「ティモシー・クラーク『マルティン・ハイデガー』(青土社)書評」Website『SITE ZERO / ZERO SITE』「SITE ZERO レヴュー」2006年7月26日
2006年「吐き気──「ポスト崇高」の感性論」第33回哲学/倫理学セミナー、文京区区民センター、2006年6月24日
2006年「『輝ける複数性』をめぐって」第11回AGR-Forum「実存と公共性──梅木達郎『支配なき公共性』『サルトル』合評会」東北大学文学部、2006年3月6日
2006年「吐き気──「不定形」の反美学」東京大学21世紀COE共生のための国際哲学交流センター「政治と美学」研究会、東京大学駒場キャンパス、2006年1月26日
2005年「構想‐暴力──カント崇高論における構想力の自己犠牲」カント研究会第197回例会、明治学院大学白金校舎キャンパス、2005年12月25日
2005年「神的暴力の正義、超表象の悪──デリダとナンシーにおける「アウシュヴィッツ」の表象」表象文化論学会設立準備大会、パネルA「表象不可能なものの回帰──カタストロフ以後の暴力批判」東京大学駒場キャンパス、2005年11月20日
2005年「幸福なる複数者たちの栄光」(栞の言葉)梅木達郎『支配なき公共性──デリダ・灰・複数性』洛北出版
2005年「物質なき唯物論の未来──ポール・ド・マン『美学イデオロギー』(平凡社)書評」『未来』2005年5月号、未來社
2005年「構想‐暴力──カント崇高論における構想力のリミット」実存思想協会春季研究会、東京大学駒場キャンパス、2005年3月22日
2004年「どのようにデリダを読み続けるのか」第9回AGR-Forum「デリダ追悼企画」東北大学文学部、2004年12月17日
2004年「ジャック・デリダ著作目録」『現代思想』2004年12月号
2004年「判断の崇高──カント『判断力批判』と美学の崩壊」カント研究会第187回例会、埼玉大学東京ステーションカレッジ、2004年9月26日
2004年「コミュニケーションからテレコミュニケーションへ──デリダにおける準‐超越論的コミュニケーション論の可能性」日仏哲学会2004年秋季研究大会一般研究発表、東京大学本郷キャンパス、2004年9月11日
2004年「デリダ『グラマトロジーについて』解説」『現代思想』2004年9月臨時増刊号
2004年「神的暴力の正義──デリダによるベンヤミン『暴力批判論』読解」東京大学21世紀COE共生のための国際哲学交流センター「政治哲学」研究会、東京大学駒場キャンパス、2004年7月26日/東京大学大学院総合文化研究科・教養学部DESK思想系研究会、東京大学駒場キャンパス、2004年7月27日
2004年「行為遂行的矛盾をめぐる不和──デリダの討議倫理にむけて」第15回哲学/倫理学セミナー、文京区区民センター、2004年5月29日
2004年「水の上のユートピア──デュットマンのアドルノ講義についてのノート」『[本]のメルマガ』第169号、2004年2月25日
2003年「物質的崇高について──ポール・ド・マンのカント読解における視覚の問題」東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論研究会、シンポジウム「エステティクス再考」東京大学駒場キャンパス、2003年11月15日
2003年「固有名の思考/思考の固有名──デュットマン来日に寄せて」『[本]のメルマガ』第154.5号、2003年9月26日
2000年「反覆可能性の法──脱構築と行為遂行性の諸問題」駒場哲学協会春期フォーラム、東京大学駒場キャンパス、2000年4月8日

ゼミ紹介

 
テーマ「情動のエチカ──感情の哲学と現代思想研究」
人間とはなにか。そう問い続けることによってかろうじて人間であり続けてきたわれわれは、しかし現代、人間としての根拠をいよいよ喪失ししつつある。「人間以後」の現代にあって、哲学が課題としてきたのは、従来人間の本質や特権とされてきた知性や合理的思考の手前にまでさかのぼって生の条件そのものを問うことであった。本演習では、人間にとっての「情動」の働きに考察の焦点を合わせることで、人間以後の(ポストヒューマン)生の新たな倫理的な存在様式(エチカ)を探究することを目指す。

メッセージ

 これまでの常識や慣習が通用しなくなった現代こそ、哲学や思想の力が試されているときはありません。迷宮のように入り組んだ現代思想の水先案内人としての役を果たすことで、思想や哲学の面白さを発見し、次の時代へと生き延びるための知をつかみとってもらえればと願っています。

大学院

 
近代・現代哲学特講演習
テーマ「脱構築の系譜と哲学の現在」
現代哲学の重要な焦点のひとつは、言語とは何かと問うことであると同時に、そのように問いかける自らの言語そのものをどのように反省し批判=批評できるか、にある。ドイツの哲学者マルティン・ハイデガーに端を発し、現代フランスの哲学者ジャック・デリダの影響下で展開した「脱構築」という20世紀の思想的運動に関連して、現代思想のアクチュアリティを見定める。