1933(昭和8)年に体育会が発足してから70余年の歴史を誇る専修大学体育会は、この間全日本クラスで活躍する選手やチーム、世界のトップに踊り出た名選手を多く輩出してきました。
1933(昭和8)年に体育会が発足してから70余年の歴史を誇る専修大学体育会は、この間全日本クラスで活躍する選手やチーム、世界のトップに踊り出た名選手を多く輩出してきました。
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体育会の歴史―大正時代に始まる
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| 1920年代 |
1921(大10)年軟式庭球部(現ソフトテニス部)が、1922(大11)年には山岳部(現山岳部とスキー部)、馬術部が、1923年(大12)相撲部が発足し、体育会の歴史の足がかりとなりました。 |
| 1930年代 | 1933(昭8年)年に、剣道、拳闘、硬式野球、陸上競技、弓道、射撃を加え体育会として正式にスタートしました。 この時代に、専大の花形は、硬式野球で5大学時代から圧倒的に強く1931(昭6)年(春)から1941(昭16)年(秋)の戦争によるリーグ戦中止迄の野球部の成績は実に優勝11回、1940(昭15)年(春)から1941(昭16)年(秋)の四連覇の偉業を達成。レスリングは、1936(昭11)年YMCAで4大学リーグを行い、早慶を破るなど、一躍新興専大が団体で2位に上り注目を浴びました。 拳闘も、5階級中4階級独占の全盛時、あるいは陸上競技では、山下勝、長距離の至宝として陸上界に貢献、没後偉功を称え山下賞記念マラソンレースの名称を今に残しています。 日本で最初にカヌー競技を東京市役所と行い、カヌー史に対抗レースのはしりとして専大カヌー部の名を残した等の輝かしい歴史があります。 |
| 戦後〜現在 | 戦後、硬式野球、陸上競技、卓球、ボクシング、ラグビー、水泳、山岳、自動車、レスリングが復活、1946(昭21)年バスケット、空手に始まり、次年以降漕艇、テニス、スキー、バレー、準硬式野球、柔道、剣道、と続き1960(昭35)年フェンシング、1961(昭36)年合気道、以下ゴルフ、アメリカンフットボール、サッカー、硬式テニス、ローラースケート、洋弓、1978(昭53)年バドミントン・柔剣術が体育会に加盟。 その後50周年の1983(昭58)年には32部11同好会となり、2002(平14)年に射撃、体操、日本拳法、ハンドボール、ボディビルがそれぞれ同好会から部へ昇格し43部2同好会となり、現在に至っています。 |
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戦前を通じて歴代大学の首脳陣が体育の必然性を認めつつも施設の充実を実行できませんでした。それだけに、戦後1949(昭24)年に大学制度改革による新制大学への移行を機に、大学の設置基準とは別に体育施設を充実するという森口理事長、相馬総長の決断により、神奈川県伊勢原市に運動場用地を購入、伊勢原総合グランド竣工を始めとし体育学生寮、生田体育館、伊勢原体育寮、生田剣道場(レスリング道場)等、次々と施設が整えられました。
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体育会に所属している43部2同好会の総括であり助言、援助することにより体育会発展に努力し団結相互関係を深める機関です。
主な行事として、年度始めに各部のリーダー(主将・主務)を集め、でクラブ内外の諸問題を討議し、より一層の団結を高めるための『リーダースキャンプ』、新入生に対し体育会の立場と活動の方針を理解し、考えてもらう『新人歓迎会』の開催。各部相互理解、全学生との交流、及び親睦を深める、『体育祭』を主催、『鳳祭』への参加及び運営。また、学生自治活動にも積極的に取り組んでいる。年度末においては年間を通じ優秀であった団体、個人を表彰する『体育会表彰式』を行っています。
また、各部が支障なく活動できるよう部活動中の万が一の傷害に対しての団体保険にも加入するよう指導・助言しています。
学外においては財団法人『小さな親切運動』本部と連携を図り、学内における『小さな親切運動』として生田キャンパス通学路の清掃活動を行い、『小さな親切運動全国フォーラム』に派遣協力を行っています。