専修大学文学部日本語学科

専大日語・コラム

専大日語の教員による、月替わりのコラムです。

2020年9月:ローマ字のルール

ローマ字は日本語の表記?

日本語には複数の表記があります。何でしょうか。

ひらがな、カタカナ、漢字、そして、ローマ字です。

ローマ字を英語と思っている人がいますが、ローマ字は英語ではありません。アルファベットを使った、れっきとした日本語表記です。アルファベットは、英語では「エイ、ビー、シー・・・」ですが、ドイツ語なら「アー、ベー、ツェー・・・」、イタリア語なら「ア、ビ、チ・・・」となります。どう発音するかは、言語によって違います。しかし、表記としてはほぼ世界共通のアルファベット a,b,c ・・・を使っているというわけで、見てわかる人が多い文字です。

アルファベットを文字表記として使っている国は多いですから、まず空港では必ず使われています、その国のことばは知らなくても、それを文字として認識することはできます。 日本語を知らない外国語母語話者は、日本に来て日本語の標識は読めませんが、ローマ字の標識なら、自分なりに読めます。

ローマ字の書き表し方

アルファベットで書いたその国のことばをどう読むかは、その国というか、そのことばを使っている人たちが決めることです。では、日本語ではローマ字表記をどのように書き表すか。これが今回取り上げたい点です。問題を二つに絞ります。

  1. 五十音をローマ字でどのように表記するか
  2. 長音の扱いをどうするか

まず1.の、日本語をどのように書き表すかについては、国がルールを定めています。表記は統一されていなければ、混乱が生じるからです。ローマ字の綴り方については、すでに1954年に内閣告示が出されていて、そこには二つの表、第1表と第2表が載っています。

第1表は、訓令式と呼ばれるもので、第2表は、表の上から5行目までがヘボン式(※1)と呼ばれるもの、6行目以下が訓令式と異なる日本式のつづり方で、場合によっては使ってもいいとされています。でも、今は、ヘボン式がよく使われています。しかし、国語教育では訓令式が教えられますから、教育現場で混乱が生じていると聞きます。 (※1:ヘボン式ローマ字については、2017年8月のコラムも参照)

二つの表記法の違いは「し」や「つ」の表記を見るとわかります。サ行を例にあげてみます。

訓令式は、日本語の音の体系をきちんとあらわすことを目指し、ヘボン式は、英語の発音に近づけて作られています。パスポートに書く名前はヘボン式だと思っている人が多いのですが、訓令式で自分の名前を書いてもまったく問題ありません。日本語教育のテキストではどちらを使っているか。どちらもあります。

次に長音です。先の国の定めたところでは、「長音は母音字の上に^をつけて表す」となっています。この当時はタイプライターしかなく、文字の上に「^」をつけて表すことは比較的容易だったかもしれません。しかし、現在のワープロ機能では、文字の上に「^」をつけることはむずかしい。技術的には容易なはずですが、そのようにソフトが作られていません。そこで結果的に長音を無視する人が多くなります。しかし、日本語では長音の有無は、意味の違いをもたらします。「小野さん」と「大野さん」は別人ですし、「交番」と「小判」は別物です。これらをいっしょに扱って平気でいるのは、私たちが、表記をいかに軽く考えているかを示しています。

ローマ字のわかりやすさ

数年前、ある調査をしました。100人の日本に来日している留学生に、長音のローマ字表記について尋ねたのです。ここでは、「城」と「空港」の音読みの結果を紹介します。 以下の表の左の欄の「1番目」と「2番目」は、「一番わかりやすいもの」「二番目にわかりやすいもの」を示しています。今は、一番上の表記と、合計した「計」の欄の数字を横に見て下さい。

表1 「城」の長音表記

「城」 Joo Jo: Jo その他
1番目 21 3 7 49 10 16
2番目 7 10 0 22 15 8
28 13 7 71 25 24

「城」の表記は、「Jō」をわかりやすいとする者がもっとも多く71名、次はずっと少なく「Joo」を選んだ28名でした。現行の、長音であることを示さない「Jo」は、25名と多くはありません。その他に記載されたのは、「Jou」が16名、「Jyo」が4名、「Jyō」が2名、「Jyou」が1名、「Zyou」が1名でした。

表2 「空港」の長音表記

「空港」 Kuukoo Ku:ko: Kûkô Kūkō Kuko その他
1番目 25 3 1 55 10 12
2番目 12 7 6 20 16 9
37 10 7 75 26 21

「空港」の表記についても同じような結果が得られました。「Kūkō」をわかりやすいとする者がもっとも多く75名、次は、「Kuukoo」と母音を重ねる表記で37名、現行の長音を表記しない「Kuko」をわかりやすいとする者は26名でした。その他に記載されたのは、「Kuukou」が16名、それ以外は「airport」「Kûkō」「Kukou」「Kuokō」「Kuukō」が各1名でした。

こうしてみると、長音表記でわかりやすいとされたのは、語の上に線を引くという、正式なルールとして認められている方法です。「^」(サーカムフレックス)は表記になじみがないので、「̄」(マクロン)が選ばれたのでしょう。区別することが重要なので、もちろんこれでもかまわないのです。そして、日本でよく用いられている、長音の語であるにもかかわらずそれを表記しない「Kuko」を支持する者は、多くありませんでした。

日本語をどのように書き表すかを決めるのは、日本語母語話者です。しかし、適当に自分勝手に使うべきではありません。意味を表すことばの表記は大事な問題で、しかも表記というものは、共通のルールでなければ意味がありません。ルールを守ろうと言いたいです。

現代は、ネットワークによって人がつながる時代です。誰もが読めるアルファベット表記を使ったローマ字の重要性はこれから大きくなっていくと思います。

(三枝令子)


<参考文献>
  1. 三枝令子・庵功雄・岩田一成・今村和宏(2018)「外国人にとってわかりやすい標識表記を考える ―留学生へのアンケート調査の結果を踏まえて」『人文・自然研究』12号, pp.115-129, 一橋大学 大学教育研究開発センター [PDF]

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