専修大学文学部日本語学科

専大日語・コラム

専大日語の教員による、月替わりのコラムです。

2018年6月:介護と日本語教育

みなさんは、次のことばの意味がいくつぐらいわかるでしょうか。

食札  入禁  側臥位  流涎  落屑  リーチャー  ソックスエイド

これは、介護の現場でよく使われていることばです。日本語教育と介護、そこに接点があるとは、私も2008年ごろまで考えていませんでした。でも、そうではなかったのです。

2008年ごろ、経済連携協定(EPA)によって、海外から看護師や介護福祉士の候補者が来日するというニュースがさかんに流れました。その内容は、驚くべきものでした。たとえば、介護福祉士候補者の場合、4年間の日本滞在中に、介護施設で働きながら勉強をして、4年目に介護福祉士の国家試験を受ける。もし不合格なら、帰国しなければならないという内容です。日本語がほとんどゼロで、しかも非漢字圏からきているフィリピンやインドネシアの人達にとってこれがどんなに過酷なことか、日本語教育に関わっている者には容易に想像がつきました。

実際に、施設に配属された候補者が、どんなことで苦労しているか、時とともに情報が入ってきました。一番大変なのは、やはりことばの問題です。ともかく日本語の力がまだ十分でないのですから、職場の人たちの指示がわからない、入居者のことばもわからない、方言がわからない、お年寄り特有のことばがわからない、介護の専門用語がわからない等々。そして、国家試験の準備もしなければならない。この国家試験には、日本の法律や制度についても出題されます。そもそも仕事の合間に、勉強時間をどのように確保するかも大きな問題でした。

介護施設では、日本語を外国人に教えた経験はないのですから、何をどう指導していいかわからず、小学校の国語の教科書を使ったところもあったと聞きます。こうした中、多くの日本語教育関係者が支援に立ち上がりました。介護の専門用語やよく使われる漢字を調査し、また、介護の現場に必要な日本語をリストアップして、教材を作りました。教材にするということは、語彙や漢字をどのように学んでいくか、その順序付けをすることも意味しています。また、彼らが受けなければならない国家試験を調べ、その対策を練りました。下にあげた本は、そのほんの一部です。

     

『やさしく言いかえよう 介護のことば』という本では、わかりにくい介護用語をもっとやさしくしようという提案をしています。はじめに掲げた介護のことば、わかりやすく言うと、次のようなことばになります。

  • 食札 → 食事カード
  • 入禁 → 入浴取りやめ
  • 側臥位 → 横向き
  • りゅうぜん → よだれ
  • らくせつ → 皮膚の粉
  • リーチャー → 物をつかむ補助具
  • ソックスエイド → 靴下用補助具

さまざまな支援があり、そして何より候補者自身の努力、がんばりがあって、介護福祉士候補者の国家試験合格率は年々上昇し、最近は日本人とそん色ない合格率です。

外国人に日本語をいかにわかりやすく教えるかということに腐心してきた日本語教育のノウハウは、これからもいろいろな分野で必要とされていくと言えます。

(三枝令子)


<参考文献>
  1. 遠藤織枝・三枝令子(2015)『やさしく言いかえよう 介護のことば』三省堂 [OPAC]
  2. 宮崎里司・西郡仁朗・神村初美・野村愛 編著(2018)『外国人看護・介護人材とサスティナビリティ 持続可能な移民社会と言語政策』くろしお出版 [link]
  3. 遠藤織枝・是枝祥子・三枝令子 編著(2018)『5か国語でわかる介護用語集』ミネルヴァ書房 [link]

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